クロノスタシス:時計の針が止まって見える?

クロノスタシス:時計の針が止まって見える?

学生のころの授業中、ふっと教室の壁にかかっている時計を見たとき、秒針が一瞬止まって見えた経験はないでしょうか。一瞬、時が止まったような錯覚を覚え、少し経つと何事もなかったかのように時計の秒針は一定の間隔で時を刻みだす。
多くの人が経験したことがあるこの現象はクロノスタシスと呼ばれ、その仕組みや発生メカニズムについて様々な研究が行われています。クロノスタシスという言葉自体は音楽の曲名にもなっているのでご存じの方も多いと思いますが、実際にどのような研究が行われてきたのかをご紹介します。

クロノスタシスの研究

上述したような時計の秒針が止まって見える状況下では、時計を見る直前に視線の急速な移動(サッケードと呼ばれます)を伴います。このサッケードがクロノスタシスを引き起こしていることを示した研究があります(1)。
実験では、被験者にサッケードを行なってもらい、視線を移動させた先に数字の「1」から「2」、「3」・・・と上昇するカウンターを提示しました。サッケード直後に見る「1」の提示される時間の長さは試行ごとに変わり、その後の「2」以降の提示時間は固定でした。被験者は「1」の提示時間が、「2」以降のそれぞれの数字の提示時間と比べて短いか長いかを判断しました。その結果、サッケードを行なった場合は、サッケードを行わない場合(視線の移動は無く、最初から数字のカウンターを見ている状況)に比べて、「1」の提示時間を長く感じていました。また、サッケードの距離が大きいほど、サッケード直後の視覚刺激の提示時間を長く感じるという結果も得られました。このように教室の時計の例に似た実験で、サッケード後に見たものの時間を長く感じる現象が再現され、その原因としてサッケードが重要であることが示唆されました。

では、なぜサッケードがクロノスタシスを引き起こすのでしょうか?サッケードを行っている間の視覚入力は眼球の急激な変化により像がぼやけてしまうため、処理が抑制され知覚にのぼらないと考えられています。この場合、サッケードを行なっている時間帯の視覚の知覚は欠損しているはずですが、私たちはそのような欠損を感じることはなく、連続的にモノを見ているように感じます。サッケードの距離が大きいほど、つまり視覚情報の欠損の時間が長いほど、サッケード直後の視覚刺激の提示時間が長く感じるという実験結果から考察すると、この欠損した時間はサッケードの直後に見た視覚情報で補間されていると考えることができます。時間的には後で見たものによって前の時間帯が補間されるのは不思議な感じがしますが、このようなメカニズムによってサッケード直後に見たものが実際より長く続いたように感じていると考えられます。
また、一口にサッケードといっても反射的に行うものから、意図的に行うものまで様々な種類があります。反射的に行うサッケードは、例えば視野の隅で何かが急に動き、つい反射的にそちらを見てしまうような視線移動で、意図的に行うサッケードは視線移動を行う前に、ある方向へ視線を移動させようと自身の明確な意図を伴うものです。どちらもサッケードですが、その神経メカニズムは異なっている部分が多いと考えられています。

これら様々なサッケードの違いがクロノスタシスに与える影響を調べた研究(2)では、サッケードの種類の違いによって現象の大きさに違いはありませんでした。このことから、様々なサッケードに共通する比較的低次なレベルの神経メカニズムが、クロノスタシスを引き起こす要因となっている可能性が高いと考えられます。
私たちは普段の生活をしている中で頻繁にサッケードを行なっており、視線移動の直後に見たものを実際より長く感じるという現象は常に起こっていると考えられます。このことは、私たちが感じている時間は一定して進むようなものではなく、常にダイナミックに変化していることを教えてくれます。

視覚以外でも起こるクロノスタシス

クロノスタシスのような現象は、聴覚でも起こることが確認されています(3)。この実験では被験者の片耳に短い音を繰り返して聞かせた後、音を聞かせる耳をもう片方の耳に変えた場合、同じ耳に聞かせ続けた場合に比べて、耳を変えて最初に音がなる前の時間の間隔を長く感じていました。視覚の場合と同様に入力刺激の空間的な移動があるなど共通点がありますが、それがこの現象に重要な役割を果たしているかは不明です。
他にも、腕の運動と触覚でも類似した現象が見つかっています(4)。実験では被験者に腕を動かして手をある位置から別の位置まで移動してもらい、移動先にある物体を触っていた時間の長さを判断してもらいました。結果によると、腕の移動がある場合は、移動がない場合に比べて、物体に触った時間を長く感じていました。ただし、サッケードによるクロノスタシスと異なり腕の移動距離の違いは現象の大きさに影響を及ぼしませんでした。

このように、視覚のクロノスタシスに類似した様々な研究があり、時間感覚の変化が起こるのは視覚に限らないことが報告されています。ただし、それぞれの研究で実験条件や結果に関して共通点もありますが、異なる点も多く、現象が発生する詳細なメカニズムはまだわかっていません。

まとめ

以上の研究結果から、様々な状況下で人の時間感覚は変化していることが示されました。時計の秒針が止まってみえるようなクロノスタシスは、多くの人が経験したことがある面白い現象ですが、その発生メカニズムを追求することにより、脳がどのように周囲からの入力情報を処理し、主観的に感じる時間を構成しているのかという重要な問題を解き明かすヒントを与えてくれると期待されます。

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引用文献

  1. Yarrow, K., Haggard, P., Heal, R., Brown, P., & Rothwell, J. C. (2001). Illusory perceptions of space and time preserve cross-saccadic perceptual continuity. Nature, 414(6861), 302-305.
  2. Yarrow, K., Johnson, H., Haggard, P., & Rothwell, J. C. (2004). Consistent chronostasis effects across saccade categories imply a subcortical efferent trigger. Journal of cognitive neuroscience, 16(5), 839-847.
  3. Hodinott-Hill, I., Thilo, K. V., Cowey, A., & Walsh, V. (2002). Auditory chronostasis: hanging on the telephone. Current Biology, 12(20), 1779-1781.
  4. Yarrow, K., & Rothwell, J. C. (2003). Manual chronostasis: tactile perception precedes physical contact. Current Biology, 13(13), 1134-1139.
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