認知的不協和とビジネス

認知的不協和とビジネス

認知的不協和(cognitive dissonance)は、自身の思考や行動と矛盾する認知を抱えている状態、また、その際に覚える不快感を指します。認知的不協和は精神的なストレスの要因の一つとして認識されており、ネガティブに捉えている一方、人の認知と態度、そして価値観の形成にも深く関わっています。そこで、本稿は認知的不協和の基礎概念をはじめ、マネジメントと消費者行動分野の認知的不協和に関する知見を紹介します。

「認知的不協和」とは

認知的不協和(思考と行動の矛盾)がもたらすストレス、そして認知的不協和の状態を解消するため、人々は矛盾している認知の定義を変更したり、過小評価したり、また自身の態度や行動を変更すると考えられています(1️)。
例えば、Aさんは「ダイエットしたい」と考えていますが、同時に「毎日タピオカやカフェオレを飲んでいます」。その場合「ダイエットするため糖分の摂取を控えなければならない」と「甘い飲み物が好き」が矛盾して、認知的不協和が生じる可能性があります。それを解消するためにAさんは以下のように思考もしくは行動を変更します。

  1. 定義を変更する:ダイエット=今の体重を維持できればよい
  2. 行動の結果を過小評価する:甘い飲み物を毎日我慢するとストレスが溜まってもよくないから今日一日は飲んでも大丈夫
  3. 態度や行動を変更する:ダイエットを諦めるか、痩せるために甘い飲み物を控える

そして認知的不協和が解消されないと認知的不協和がAさんのストレス要因となり、心身ともにネガティブな影響をもたらす可能性が高くなります。

職場管理と認知的不協和

ビジネスの場面においても認知的不協和はよく検討されています。企業における組織変革の際、従業員は様々な不協和を生み出す状況に囲まれ、変革により生み出した認知的不協和が強くなるほど、従業員の変革に対する抵抗が強くなり、変革に対する不満も強くなります(2)。例えば、コロナ禍が明け「在宅・リモート勤務」から出社要請されるようになった際に、ウェブ調査により、「出社頻度を増やす企業に対し、どう思いますか」という質問に、約半分の回答者が「とても良い」もしくは「まあまあ良い」と回答しました(3)。

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引用:「アフターコロナの働き方」アンケート結果発表 理想の出社頻度は?https://officenomikata.jp/news/15567/

そして、出社が増えてよかった理由として、第一位が「雑談など、コミュニケーション不足が解消された」、第二位が「オンオフの切り替えがしやすくなった」という結果があります。認知的不協和の視点から解釈すると、リモートで作業する際にネット会議アプリは便利なコミュニケーションツールではあるが雑談などに使えず、同僚とのコミュニケーションが取れない、家にいるのに仕事をしているという認知的不協和が生じていることになります。もちろん、残り約半分の回答者には出社勤務が要請された際に、リモートで仕事をできるのに通勤して会社に行かなければならないという認知的不協和が生じています。

働き方変革の他に、人事変革の場面でも認知的不協和の影響が見られています。先行研究では、安定した職場を求める人や経済的に余裕がない人は、転職を繰り返す人や経済的に余裕がある人にくらべ、職場満足度が高いと退職意向が低いというネガティブ相関が強かったことが示されています。その理由は、安定した職場を求める人や経済的に余裕がない人が退職を決める時、「仕事は辞めたいが経済的不安があり、すぐに辞めるべきではない」という認知的不協和を解消するため、職場満足度を高く評価したためです(4)。

マーケティングと認知的不協和

そして、マーケティングの分野において一番よく検討されたのは、商品購入後の不協和(post-purchase dissonance)です。その理由は、消費者が商品やサービスを購入した後、自分の期待に達していない場合、その疑問と後悔は製品やサービスへの評価を低下させ、今後の販売に影響するためです。
例えば、新しい商品に高い関心を持っている人は、自ら商品やサービスの評価に解釈を付けて、購入後の不協和のレベルを低くさせる傾向があります。つまり当該消費者は購入後に本当にこの商品を購入して良かったのかと不安や疑問を感じますが、その不協和を解消するためにこの商品の優れている理由を見つけだすことで製品の評価があがります。よって当該消費者の満足度を高めることで、その製品が他の消費者グループに広がる可能性を高めることもできると言われています(5)。
また、製品への関与(product involvement)が高いもの、すなわち消費者にとって重要性が高く、購入において多くの情報収集と慎重な意思決定が必要な製品(例えば住宅、自動車など)において、購入前の期待が高くなるほど、消費者が購入後により高いレベルの不協和を経験しています。その不協和を解消するため、製品により高い評価を付ける傾向があります。そのため、製品をプロモーションする際に、消費者の期待が高くなるほど、製品への評価が高くなります。一方で、製品への関与が低いもの、例えば洗剤や調味料などの場合、期待と実際の体験の差が大きくなるほど、製品への評価が低くなりますので、プロモーションする際に消費者に過剰な期待をもたせることは避けたほうがよいと言われています(6)。
上記研究やその他の購入後の不協和に対する先行研究により様々な製品・サービスの開発に役に立てる知見が得られました。例えば、若い消費者は購入前の製品への関与度がより高く、より高いレベルの購入後不協和を経験しています(7)。そのため、若年層向きの製品やサービスにおいて、より多くの情報を消費者に与え、期待を高めることが望ましく、また、購入後の不協和は、製品への最新の体験に基づいていることがわかりました(8)。そのため、長く使われている製品やサービスは、アフタサービスに力を注ぐべきと言えるでしょう。

まとめ

誰もが思うままに生きているわけではありません。何かの認知的不協和を経験している、経験したことがあると言えるでしょう。認知的不協和は自然に発生し、人がそれに反応してストレスを解消しようとすることも人間心理の自然なメカニズムです。本稿が認知的不協和に関して色々紹介し、主張したいことは二つあります。
一つ目は何かの決断をくだす時、一回振り返り、自分がやろうとしていることは認知的不協和を解消するためか、それとも本当に自分がやりたいことかを明確にする必要があります。また、職場での認知的不協和が発生した状況は改善が難しい可能性がありますので、より冷静かつ客観的に対策を考える必要があります。
そして二つ目の主張は、個人の基礎的な心理メカニズムでも、経済社会に大きな影響をもたらすことができることです。思考と行動が矛盾している場合、ストレス解消のため、どちらかが変わらなければならないので、その変化を予測・予防することができます。例えば、新しい機器・ソフトウェアを職場に導入しようとする際に、メリットだけ考えて、その機器・ソフトウェアを使う予定の従業員が簡単に使いこなすかどうかを忘れてしまったら、導入後の運用が難航して時間とお金を無駄にした話は少なくありません。その逆に、認知的不協和のメカニズムを活用して、新しい技術やカーボンニュートラルなどの話題に関心を持っている人を潜在的な客層にしてプロモーションを行うことで、未熟なEV自動車も大きな市場になりました。
人は認知的不協和を解消するように動く傾向があります。そのメカニズムを理解し上手く活用すれば、職場ストレスの予防、生産性の向上、消費者満足度の向上、新製品やサービスのプロモーションなど様々な場面で、目的の達成を促進できるでしょう。

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引用文献

  1. Festinger, L. (1957). A theory of cognitive dissonance. Stanford University Press.
    https://doi.org/10.1515/9781503620766
  2. Burnes, B., & James, H. (1995). Culture, cognitive dissonance and the management of change. International Journal of Operations & Production Management, 15, 14-33.
    https://doi.org/10.1108/01443579510094062
  3. 「アフターコロナの働き方」アンケート結果発表 理想の出社頻度は?
    https://officenomikata.jp/news/15567/
  4. Doran, L. I., Stone, V. K., Brief, A. P., & George, J. M. (1991). Behavioral intentions as predictors of job attitudes: The role of economic choice. Journal of Applied Psychology, 76(1), 40–45.
    https://doi.org/10.1037/0021-9010.76.1.40
  5. Connole, R.J., Benson, J.D., & Khera, I.P. (1977). Cognitive dissonance among innovators. Journal of the Academy of Marketing Science, 5, 9-20.
    https://doi.org/10.1007/BF02721994
  6. Korgaonkar, P. K., & Moschis, G. P. (1982). An experimental study of cognitive dissonance, product involvement, expectations, performance and consumer judgment of product performance. Journal of Advertising, 11(3), 32–44.
    https://doi.org/10.1080/00913367.1982.10672810
  7. Sweeney, J.C., Hausknecht, D.R., & Soutar, G.N. (2000). Cognitive Dissonance after Purchase: A Multidimensional Scale. Psychology & Marketing, 17, 369-385.
    https://doi.org/10.1002/(SICI)1520-6793(200005)17:5%3C369::AID-MAR1%3E3.0.CO;2-G
  8. O’Neill, M., & Palmer, A. (2004). Cognitive dissonance and the stability of service quality perceptions. Journal of Services Marketing, 18, 433-449.
    https://doi.org/10.1108/08876040410557221
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