注意という言葉のイメージと実際

注意という言葉のイメージと実際
「あの人は注意散漫だ」「足元にご注意ください」「先生の話は注意深く聞くように」など、我々は日常において多くの場面で「注意」という言葉を使用します。なにか自分の意見をアピールしたいときに、「どうすれば皆が私の意見に注意を傾けてくれるだろうか」と苦心したことがある人も多いでしょう。
このように、「注意」という言葉は広く市民権を得ているわけですが、実際にはこの「注意」という言葉は非常に曖昧なもので、注意を専門に研究している研究者でさえ厳密に定義することが難しいです。そのため、あまり大きな声で「注意」と銘打って語るのは憚られるのですが、その点には目を瞑って、ここでは簡単に注意の概念と測定、そして人間の注意に関する興味深い実験を紹介していきます。

心理学における注意

心理学の研究においても、この「注意(attention)」という言葉は広く使われています。
例えば、近年よく話題にあがるAD/HDという神経発達症は臨床心理学の分野でしばしば研究の対象となっていますが、正式な名称はAttention Deficit / Hyperactivity Disorderであり、日本語では注意欠如多動症などと訳されています (1)。また、認知心理学や神経心理学の分野では、ヒトや動物の注意機能を測定する実験課題や生理指標が検討されています(2,3,4,5)。
このように心理学と注意という概念には強い関連性があるにもかかわらず、注意という言葉は、研究の文脈においてすら、その定義が曖昧なまま使われることが少なくないです。

なぜ注意という言葉の定義が難しいかというと、我々は「注意そのもの」を観測することができないからです。心理学における注意の測定は、「Aに対する反応がBに対する反応よりも顕著であるから、BよりもAに注意が向いていたのだろう」という風に、なんらかの反応と反応を比較することによってなされます。我々は人間や動物の行動を観測することで注意という認知機能の存在を仮定・想定するわけですが、「注意そのもの」を反映するような、注意と1対1対応をもつ行動が存在しない、というのが注意を取り扱う難しさの1つであると考えられます。

相対的な評価で成り立っているものとしては「好き・嫌い」などの感性評価も同様ですが、「好きなもの」と「嫌いなもの」というのは主観的にはある程度明確な一方で、「注意を向けているもの」と「注意を向けていないもの」はそうではありません。我々は様々な情報が五感に入力される世界の中で、ダイナミックに注意を変化させながら生きています。ある瞬間に注意を向けたものが、次の瞬間には背景になっていることはよくあることです。また、そもそも注意を向けていないものは記憶にも残らないため、「自分が何に注意を向けており、何に注意を向けていなかったか」を語るのは難しいものです。

注意の測定

このように、注意は相対的に語ることしかできないものであるのに、その比較の対象も曖昧です。しかし、「ある製品と、別の製品のどちらがより消費者の注意を惹きつけられるのか」といったように、人間の注意についての関心はアカデミックな研究の場から、人々の日常の営み、企業における製品開発など多くの場面に存在しています。そうした中で、注意を測定する研究者たちは比較の対象を厳密に定め、反応時間や生体反応を測定し、統制された実験環境を用意することで、なんとかして定量的な測定を行おうとしています。もはや日常の中に溶け込んだ注意という言葉への慣れ親しみとは裏腹に、その測定には専門的な知識、技術、装置などの特殊技能が必要となるのです。

注意に関する実験

さて、人間の注意についての有名な、そして面白い実験を紹介して本稿を終わりたいと思います。この実験は上記のような、いわゆる実験室で行われるような厳密な測定とはややズレますが、その分日常の環境にも近く、注意について興味を惹くきっかけになれば幸いです。

この実験では、被験者はある動画を見せられます。動画は何人かの人がバスケットボールのパス回しをしている動画であり、被験者は彼らが何回パスを回したかをカウントするように伝えられます。実は、この実験の肝はパスの回数をカウントさせることではなく、その動画の途中に表れる明らかに不自然な存在を被験者が認識するかを検証しています。動画の中盤、パス回しをしている人たちを尻目に、ゴリラの着ぐるみがコミカルな動きをしながら横切っていきます。明らかに、自然な状態で動画を見ていればゴリラの着ぐるみが横切ることに強烈な印象を抱くはずです。しかし、バスケットボールのパス回しを数えていた被験者の多くはこのゴリラの存在に気が付きません(6)。この動画は「インビジブルゴリラ」で検索すると視聴することができるため、気になる人は確認してみてください。
上記の実験は非常に有名であるため、知っている方も多いでしょう。実は、上記の実験と関連した実験が2013年にも発表されています(7)。この実験では、放射線科医にCT画像から病変を見つける課題を行ってもらっています。このCT画像の中に、堂々とゴリラの画像が鎮座しているのです。病変を見つけるように指示された医師の83%はこの堂々としたゴリラに気が付きませんでした。専門的な領域で訓練を積んだ熟練者であっても、注意の曖昧さから逃れられないことは大きな反響を呼ぶこととなりました。

まとめ

これら実験は我々が日常生活の中で「知っている」と思っている注意が、実際の機能としては我々の想定と大きくズレていることを示していると言ってもよいでしょう。ある意味で人の間抜けさを俯瞰するというエンターテイメント的面白さもありつつ、こうした一般的な認識と客観的事実の乖離は時として我々に牙をむくようなこともあると考えると、何気ない日常の行動にも少し緊張感が持てるかもしれません。

センタンでは、当社所属の研究員の知識・技術・経験を基に、お客様の課題に応じた注意の測定や研究・開発支援(受託研究)が可能ですので、お気軽にお問い合わせください。

引用文献

  1. American Psychiatric Association (2013) Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth edition (DSM-5). American Psychiatric Publication, Washington, D.C. (日本精神神経学会監修 (2014) DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院, 東京)
  2. MacLeod, C., Mathews, A., & Tata, P. (1986). Attentional bias in emotional disorders. Journal of Abnormal Psychology, 95(1), 15–20. https://doi.org/10.1037/0021-843X.95.1.15
  3. Eriksen, B.A., Eriksen, C.W. Effects of noise letters upon the identification of a target letter in a nonsearch task. Perception & Psychophysics 16, 143–149 (1974). https://doi.org/10.3758/BF03203267
  4. Guitton D, Buchtel HA, Douglas RM. Frontal lobe lesions in man cause difficulties in suppressing reflexive glances and in generating goal-directed saccades. Exp Brain Res. 1985;58(3):455-72. doi: 10.1007/BF00235863. PMID: 4007089.
  5. Sur S, Sinha VK. Event-related potential: An overview. Ind Psychiatry J. 2009 Jan;18(1):70-3. doi: 10.4103/0972-6748.57865. PMID: 21234168; PMCID: PMC3016705.
  6. Neisser, U., & Becklen, R. (1975). Selective looking: Attending to visually specified events. Cognitive Psychology, 7(4), 480–494. https://doi.org/10.1016/0010-0285(75)90019-5
  7. Drew T, Võ ML, Wolfe JM. The invisible gorilla strikes again: sustained inattentional blindness in expert observers. Psychol Sci. 2013 Sep;24(9):1848-53. doi: 10.1177/0956797613479386. Epub 2013 Jul 17. PMID: 23863753; PMCID: PMC3964612.
● 引用・転載について
  • 当コンテンツの著作権は、株式会社センタンに帰属します。
  • 引用・転載の可否は内容によりますので、こちらまで、引用・転載範囲、用途・目的、掲載メディアをご連絡ください。追って担当者よりご連絡いたします。
● 免責事項
  • 当コンテンツは、正確な情報を提供するよう努めておりますが、掲載された情報の正確性・有用性・完全性その他に対して保証するものではありません。万一、コンテンツのご利用により何らかの損害が発生した場合であっても、当社およびその関連会社は一切の責任を負いかねます。
  • 当社は、予告なしに、コンテンツやURLの変更または削除することがあり、また、本サイトの運営を中断または中止することがあります。

Contact

お問い合わせ

センタンへのサービスに関するご相談はこちらよりお問い合わせください