注意の偏り:我々は苦手な対象を注目するのか、避けるのか

注意の偏り

自らが苦手であると感じる対象に対して、積極的に接近していこうと考えている人は稀でしょう。我々は基本的に嫌悪的な刺激からは目を背けて、極力その対象物が意識に上らないように生活を送っているというのは、直感的にも理解できることなのではないでしょうか。
嫌悪的な対象物を回避するというのは当然のこととして受け入れられる一方で、「恐怖のあまり目を離せなくなる」「苦手な対象に対してぱっと意識を向けてしまう」というような現象を考えると、あたかも脅威や嫌悪の対象に接近的なふるまいをしているようにも見えてしまいます。例えば、苦手な人の顔は群衆の中からでもすぐに見つけられるという人や、様々な味が含まれる料理の中からでも苦手な食べ物の味を鋭敏に知覚する人などは大勢いるのではないでしょうか。こうした事例は、「嫌な気分にならずに生活したい」という我々の基本的な動機づけを考えると、不自然にも感じてしまいます。
今回は、人の注意についての研究から、上記のような事例がなぜ生じているのかについて考えていきたいと思います。

苦手なもの、嫌なものに意識が向くのはなぜ?

結論から述べてしまうならば、苦手なもの、嫌なものに対して我々の意識が割かれてしまうのは、それが自分にとって危険なものである可能性が高いからです。自分を攻撃してくる危険人物、高速で接近してくる飛来物、腐って悪臭を放つ食べ物など、これはいずれも多くの人にとって「嫌なもの」であり、同時にできうる限り意識したくないものです。しかしながら、こうした存在に我々がまったく気が付かなければ、攻撃者から被害を受け、飛来物に激突し、腐った食べ物を食べて体を壊してしまいます。このような事態を避けるために、我々には「危険なもの」の情報処理を優先する機能が備わっています。
多くの人にとって、「危険なもの」というのは「嫌なもの」を兼ねていることが多いため、結果としてできる限り意識したくないと思いつつも「嫌なもの」に意識を向けてしまうわけです。
こうした「意図的な認識」と「無意図的な反応」の乖離は、我々の認知機能が2つのプロセスをもっているからであると言われています。脅威と関連する情報を優先的に処理しようとする素早いプロセスと、素早いプロセスの影響を抑制し合目的な行動を優先しようとする遅いプロセスの存在は、二重過程理論(1)や注意制御理論(2)の中で登場しています。
素早いプロセスは脅威を発見してその情報を処理しようとする一方で、遅いプロセスはその時の目的を達成するために必要な情報を処理しようとしており、我々はこの2つのプロセスの手綱を握ろうと苦労しているわけです。

脅威を検出できれば良い、というものでもない

素早い脅威発見のメカニズムが優秀であるのは、一見して危険な目にあいづらく、様々な危険の存在しうる日常生活において良いことであるようにも感じます。しかしながら、働き者すぎる素早いプロセスは、時に精神的な疾患ともかかわってしまいます。
例えば、社会的な生活を営む我々にとって、他者からの評価というものはときに重要な意味を持ちます。家族や恋人、友人知人、同僚、上司などの示す自分に対するネガティブな反応は、時には「脅威」といっても十分な影響力を持っています。「他人の顔色をうかがう」というのは、現代人であれば大なり小なり多くの方が日夜経験していることでしょう。
では、他者の示す「ネガティブな刺激」を鋭敏に検出することが、果たしてその人の幸福につながるでしょうか。もちろん、まったく人の顔色を窺わない横柄な人は、それはそれで多くの人に迷惑をかけ、結果的に不幸になる、ということはあるでしょう。しかし、非常に微妙なネガティブ情報や、あるいはただ曖昧なだけの反応までも自分にとって脅威的であると捉えることが割に合わない、というのも直感的に理解できるかと思います。
他人からの評価を完全なものにするために過度に完璧性を求めたり、あるいは他人からの評価を恐れてしまって自ら行動することができなくなるというのは精神的に不健康ですし、これが顕著になれば社交不安症などの精神的疾患とみなされるようになるかもしれません。
脅威を検出する素早いシステムは確かに重要な機能ですが、常に我々を幸福に導いてくれるものでもありません。

科学的な知見

上記のような、過度な素早いシステムの振る舞いと精神的不健康や精神疾患との関連性は臨床心理学などの分野で実験的に確かめられています。例を挙げると、他者から評価されうる場面で過度な緊張や不安を感じる社交不安症状を呈する方は、ニュートラルな表情画像と比べて嫌悪や怒りなどのネガティブな表情画像に注意を割り当てやすいことが知られています(3)(4)。
対象となる刺激に差はありますが、同様の現象は不安(5)、トラウマ(6)、薬物依存(7)など幅広い症状・疾患で確認されており、多くの症状の基盤となる認知的な特徴の1つであると考えられています。
単純な推論として、脅威と感じる刺激に通常よりも過剰な注意割り当てを行ってしまう、という認知的な特徴を、コンピュータ課題を通して修正する(つまりそうした刺激に対する回避を訓練する)ことによって精神的な症状を改善しようとする試みもなされています(8)(9)。こうした治療的介入の効果についてはいまだに決定的な結論は出ていないようですが(10)(11)(12)、もしも効果的な方法が確立されればスマートフォンやパソコンのアプリケーションで対象となる症状を改善できるようなこともあるかもしれません。

まとめ

我々は苦手なものにはなるべく接することなく生きていきたいと考えがちですが、危険な刺激を検出するためにそうした刺激を素早く処理する機能が備わっています。このような機能は生存上大切ですが、過敏に働きすぎてしまうと微細な脅威や曖昧な情報にも反応してしまうため、結果的に快適な生活を妨げてしまいます。実際に自分にとっての脅威と関連する情報に注意が優先的に割り当てられることは研究でも確認されており、そうした認知機能を修正することで症状を改善しようとする試みも続けられています。

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引用文献

  1. Evans, J. St. B. T., & Stanovich, K. E. (2013). Dual-Process Theories of Higher Cognition: Advancing the Debate. Perspectives on Psychological Science, 8(3), 223-241.https://doi.org/10.1177/1745691612460685
  2. Eysenck MW, Derakshan N, Santos R, Calvo MG. Anxiety and cognitive performance: attentional control theory. Emotion. 2007 May;7(2):336-53. doi: 10.1037/1528-3542.7.2.336. PMID: 17516812.
  3. Bar-Haim Y, Lamy D, Pergamin L, Bakermans-Kranenburg MJ, van IJzendoorn MH. Threat-related attentional bias in anxious and nonanxious individuals: a meta-analytic study. Psychol Bull. 2007 Jan;133(1):1-24. doi: 10.1037/0033-2909.133.1.1. PMID: 17201568.
  4. Bantin T, Stevens S, Gerlach AL, Hermann C. What does the facial dot-probe task tell us about attentional processes in social anxiety? A systematic review. J Behav Ther Exp Psychiatry. 2016 Mar;50:40-51. doi: 10.1016/j.jbtep.2015.04.009. Epub 2015 May 12. PMID: 26042381.
  5. MacLeod, C., Rutherford, E., Campbell, L., Ebsworthy, G., & Holker, L. (2002). Selective attention and emotional vulnerability: Assessing the causal basis of their association through the experimental manipulation of attentional bias. Journal of Abnormal Psychology, 111(1), 107–123. https://doi.org/10.1037//0021-843X.111.1.107
  6. Fani N, Tone EB, Phifer J, et al. Attention bias toward threat is associated with exaggerated fear expression and impaired extinction in PTSD. Psychological Medicine. 2012;42(3):533-543. doi:10.1017/S0033291711001565
  7. Sinclair JM, Garner M, Pasche SC, Wood TB, Baldwin DS. Attentional biases in patients with alcohol dependence: influence of coexisting psychopathology. Hum Psychopharmacol. 2016 Nov;31(6):395-401. doi: 10.1002/hup.2549. PMID: 27859665.
  8. Amir N, Beard C, Taylor CT, Klumpp H, Elias J, Burns M, Chen X. Attention training in individuals with generalized social phobia: A randomized controlled trial. J Consult Clin Psychol. 2009 Oct;77(5):961-973. doi: 10.1037/a0016685. PMID: 19803575; PMCID: PMC2796508.
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  11. Heeren A, Mogoașe C, Philippot P, McNally RJ. Attention bias modification for social anxiety: A systematic review and meta-analysis. Clin Psychol Rev. 2015 Aug;40:76-90. doi: 10.1016/j.cpr.2015.06.001. Epub 2015 Jun 6. PMID: 26080314.
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