人の習慣はどのように形成されるのか

人の習慣はどのように形成されるのか

マーケティングに関連する分野において、消費者の習慣のなかにある製品の使用を組み込むというのは、多くの場合に商品宣伝の到達目標となりうるのではないでしょうか。毎日、週に1回、月に1回、コンスタントにある製品を使ってくれる消費者を増やす、というのは製品の売り上げの増加と維持において非常に重要です。
しかし、人の習慣とは強固でなかなか変わることがありません。「健康のために毎日ランニングをしよう」「自己研鑽のために毎日2時間勉強をしよう」というような計画を立てて、3日坊主になった方も多いのではないでしょうか。その一方で、「趣味のスポーツを10年間続けている」という人や、「家では毎日料理を作っている」という人など、そうした習慣がない人から見ると驚いてしまうようなことを習慣にしている人も多くいます。
このような習慣行動がどのように形成されるのか、あるいは、なぜ習慣の形成に失敗してしまうのか、本稿では行動分析学の視点から考えてみたいと思います。

習慣行動の形成に関する学問

ヒトを含めた動物の習慣行動に関連する学問として、行動分析学が存在しています。「行動分析」という言葉を見ると、ドラマの中に登場する、犯罪者の行動を予見していくプロファイリングを専門とする方々をイメージしてしまいそうですが、実際の行動分析はヒトや動物が行動をどのように獲得・消去、増加・減少していくのかに関する学問です(1)。
行動分析では、自由な状況において自発的に発生する行動のことをオペラント行動と呼びます。ある特定のオペラント行動に付随して発生する現象(行動の結果)によって、その行動の頻度が増加すれば強化、行動の頻度が減少すれば弱化と呼ばれます。また、行動の結果が、行動の主体に対して何らかの刺激を提供するものであれば「正」、反対になんらかの刺激を取り除くものであれば「負」と分類されます。これらを組み合わせて、行動分析では「正の強化」「負の強化」「正の弱化」「負の弱化」を考えます(1)(2)。

さて、上記のような説明だけでは非常にわかりづらいので、具体例を考えてみましょう。中学・高校や大学時代の勉強を例に挙げるとわかりやすいかと思います。
勉強することによって成績が上がり、上がった成績がモチベーションになり勉強を続ける、というような場合、勉強という行動の頻度が増えているので現象としては「強化」であり、行動の結果として「良い成績」が提供されているので「正」の分類になります。つまり「正の強化」です。では、勉強をしていれば両親や先生から怒られないので勉強を続ける場合はどうでしょうか。同じく勉強の頻度が増えるので現象としては強化ですが、行動の結果として「怒られる」という刺激が取り除かれているので「負」の分類になり、「負の強化」となります。

行動分析では人や動物の行動は、その行動が「強化」を受ければ維持・増加し、「弱化」を受ければ減少・消去されると考えます。つまり、日常生活において維持されている主体的な行動は、その行動の結果になんらかの強化が伴っていると考えることができます。学術的には正確性を欠きますが、誤解を恐れず端的に言うのであれば「その行動をして本人にとって良いことがあるのなら行動は増加し、悪いことがあるのなら行動は減少する」と考えると、それほど不自然なことを言っているわけではないことがわかるかと思います。

行動分析

即自的な強化がなければ行動は形成されない

良いことがあれば行動が増えるというのは直感的にも当たり前のことで、わざわざそれらしい名前をつけて研究するようなことではない、と考える方も多いでしょう。ですが、「続ける計画を立てたのに続かなかった」というような失敗を多くの人が経験しているように、意外と我々は自らの行動を維持する要因について無頓着であるのです。
例えば、「健康のためにランニングをしよう」というような計画について考えてみます。ランニングをすると疲れますが、長期的に見れば体力も付きますし、健康にも良いのですから「良いこと」は十分あるように感じます。しかし、実はこの「体力の増加」や「健康状態の向上」は、我々がその行動を持続させるには時間軸的に離れすぎているのです。ランニングをしたからと言って、翌日に体力が向上するわけではありませんし、むしろ久しぶりのランニングであれば筋肉痛や疲労感などのデメリットの方が大きいでしょう。健康の向上も、1年に1回の健康診断結果を受け取るまでは実感できる人は少ないはずです。

ヒトや動物は、即自的な報酬と比べて長期的な報酬の価値を割り引いて考える特徴を持っています(3)。今すぐ1万円がもらえると言われた時の喜びと、10年後に1万円がもらえると言われた時の喜びでは、前者の方が大きいのではないでしょうか。ついついお給料を賭け事や遊びに使ってしまう、というのも同じで、長期的に見ると困ってしまうという事実よりも、目の前の楽しさの方が強い力をもっているわけです。つまり、習慣的な行動を形成するためには、可能な限り短いスパンで報酬を提供し続けることが大切であると言えます。

行動が増加しなければ強化ではない

行動分析についてのありがちな誤解として、「強化をしたのに行動が増加しない」というものがあります。
例えば、今度は自分の子どもに勉強の習慣をつけさせようとする場面を考えてみましょう。行動分析を学んだあなたは、子どもに「勉強を1時間以上した日はその時間分だけパソコンで動画を見て良いことにしよう」と伝えました。普段は動画を禁止していたとすると、刺激の提供による行動の増加を狙っているため、正の強化を狙っている、ということになります。しかし、子どもの勉強時間は増えませんでした。この時に、「行動分析で言っていたから強化をしたのに、行動が増えなかったではないか」となってしまうわけです。
ここで思い出してほしいのは、強化とは何であったかです。強化とは、行動の結果としてもたらされる現象により行動の頻度が増加することであり、「結果としてもたらされる現象」がどのような意図であったかは関係がありません。行動頻度に変化がないということは、自分たちの提供した現象がその行動を強化できていないということなのです。こちらについても、意外と我々は自分たちの考える意図に引っ張られてしまい、真摯に行動頻度の増減をみることを忘れがちです。

まとめ

上記では簡単な例を取り上げながら行動分析の考え方を紹介させていただきました。現実になんらかの問題解決に行動分析の考えを使おうとする場合、実際には1つの行動に対して多くの刺激が影響しあっていることが多く、より専門的な知識や考え方が必要となることが多いです。特定の個人ではなく、製品の消費者のような多くの人を標的として考える場合には、効果検証や統計的な分析についての知識も必要となってくることでしょう。

センタンでは、専門家による効果検証のデザイン設計や結果の統計的解析および解釈の補助も行っております。様々な課題解決に繋がる研究・開発支援(受託研究)生体データの利活用支援が可能ですので、お気軽にお問い合わせください。

引用文献

  1. 島宗 理, 吉野 俊彦, 大久保 賢一, 奥田 健次, 杉山 尚子, 中島 定彦, 長谷川 芳典, 平澤 紀子, 眞邉 一近, 山本 央子, 日本行動分析学会「体罰」に反対する声明, 行動分析学研究, 2014, 29 巻, 2 号, p. 96-107, 公開日 2017/06/28, Online ISSN 2424-2500, Print ISSN 0913-8013, https://doi.org/10.24456/jjba.29.2_96, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjba/29/2/29_KJ00009844365/_article/-char/ja
  2. Mazur, James E., 磯 博行, 坂上 貴之, 川合 伸幸, メイザーの学習と行動 第3版, 二瓶社, 2008, 9784861080456, https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA8638344X
  3. Odum AL. Delay discounting: I’m a k, you’re a k. J Exp Anal Behav. 2011 Nov;96(3):427-39. doi: 10.1901/jeab.2011.96-423. PMID: 22084499; PMCID: PMC3213005.
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