コラム

ハイパースキャニングとは？

ハイパースキャニングは、複数の人間の脳活動を計測し、その相互作用を研究する手法です。
会話や共同作業中の人々の脳波やfMRI（機能的磁気共鳴画像法）などの脳信号を計測し、それぞれの人の脳信号がどれくらい同期しているか、つまり、人々の脳がどれくらい同じリズムで働いているのかを分析することで、人間の共感や理解、協力といった社会的なつながりのメカニズムを探ります。この技術の開拓者であるMontagueらは、ハイパースキャニングが人間の社会的な相互作用の理解に革命をもたらすと述べています(1)。

人と人とのつながり：脳活動の同期

人間は他者との関わりを通じて学び、感情を共有し、成長する社会的生物です。ハイパースキャニングによる研究は、このような人間関係が単に行動レベルの相互作用のみならず、脳の活動レベルで密接に連携していることを明らかにしています。例えば、StephensらはfMRIを用いて、コミュニケーションが行われている際に話者と聞き手の間で脳活動が同期する現象を発見し、良いコミュニケーションが成立している時に、より強く同期することを報告しています(2)。この個人と個人の脳活動の同期現象は、相互理解や共感の強さと関連していると考えられています。

ハイパースキャニングが明らかにするもの

ハイパースキャニングの研究は教育、チームワーク、音楽演奏、スポーツなど、多岐にわたるテーマで応用されています。
教育分野でのDikkerらによる研究は、生徒同士の脳活動の同期が、クラスでのディスカッションへの積極的な参加などのプラスの影響があることを示しています(3)。また、教師と生徒間の脳活動の同期が学習成績にプラスの影響がある可能性を示す研究もあります(4)。
効果的なチームワークや協働を促進する要因を理解するためにも、ハイパースキャニングが使用されています。
例えば、Reineroらの研究では、複数の参加者がチームで課題を解決する際の、参加者達の脳活動の同期を分析し、チーム内の人々の脳活動の同期性とその後のチームのパフォーマンスとの間に正の相関があることを発見しました(5)。このことは、チーム内での高いレベルの脳活動の同期により、良いコミュニケーションが生まれ、その結果、良いパフォーマンスにつながることを示唆しています。
その他にも、近年、音楽共演(6,7)やスポーツ選手のチームワーク(8)に関してもハイパースキャニングを用いた研究知見が続々と報告されています。

未来への可能性

ハイパースキャニングは、将来的には人間関係やコミュニケーションの質を向上させるための重要な手がかりを提供することが期待されています。
例えば、他者との相互理解を深めるためのコミュニケーション訓練プログラムの開発や、人間同士のより効果的な協働を促すコミュニケーションインターフェースの設計などに役立てることができるでしょう。犬や猫などの動物でも脳波などの脳活動は計測できますので、ハイパースキャニングを使って、ペットと飼い主のこころのつながりもみることができるようになるかもしれませんね。

まとめ

ハイパースキャニングは、私たちが他者とどのようにつながっているのか、そしてそのつながりが私たちの行動や感情、学習にどのような影響を与えているのかを深く理解するための鍵を握っています。この先端技術によって明らかにされる知見は、人間の社会的相互作用の深い理解に貢献するだけでなく、人間同士の関係性を改善するための具体的な応用に繋がる可能性を秘めています。ハイパースキャニングのさらなる研究が、私たちの社会をより理解し、協力し合う世界へと導いてくれることを期待しています。

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引用文献

1. Montague, P. R., Berns, G. S., Cohen, J. D., McClure, S. M., Pagnoni, G., Dhamala, M., … & Fisher, R. E. (2002). Hyperscanning: simultaneous fMRI during linked social interactions. Neuroimage, 16(4), 1159-1164.
2. Stephens, G. J., Silbert, L. J., & Hasson, U. (2010). Speaker–listener neural coupling underlies successful communication. Proceedings of the National Academy of Sciences, 107(32), 14425-14430.
3. Dikker, S., Wan, L., Davidesco, I., Kaggen, L., Oostrik, M., McClintock, J., … & Poeppel, D. (2017). Brain-to-brain synchrony tracks real-world dynamic group interactions in the classroom. Current biology, 27(9), 1375-1380.
4. Bevilacqua, D., Davidesco, I., Wan, L., Chaloner, K., Rowland, J., Ding, M., … & Dikker, S. (2019). Brain-to-brain synchrony and learning outcomes vary by student–teacher dynamics: Evidence from a real-world classroom electroencephalography study. Journal of cognitive neuroscience, 31(3), 401-411.
5. Reinero, D. A., Dikker, S., & Van Bavel, J. J. (2021). Inter-brain synchrony in teams predicts collective performance. Social cognitive and affective neuroscience, 16(1-2), 43-57.
6. Liu, T., Duan, L., Dai, R., Pelowski, M., & Zhu, C. (2021). Team-work, team-brain: exploring synchrony and team interdependence in a nine-person drumming task via multiparticipant hyperscanning and inter-brain network topology with fNIRS. NeuroImage, 237, 118147.
7. Zamm, A., Palmer, C., Bauer, A. K. R., Bleichner, M. G., Demos, A. P., & Debener, S. (2021). Behavioral and neural dynamics of interpersonal synchrony between performing musicians: a wireless EEG hyperscanning study. Frontiers in Human Neuroscience, 15, 717810.
8. Li, L., Wang, H., Luo, H., Zhang, X., Zhang, R., & Li, X. (2020). Interpersonal neural synchronization during cooperative behavior of basketball players: a fNIRS-based hyperscanning study. Frontiers in human neuroscience, 14, 169.