人の状態をどのように捉えるか

人の状態をどのように捉えるか
人がどのような状態(感情や思考など)にあるのか客観的な判断を行いたい、という目的を達成したいことは多いかと思います。例えば、魅力的な製品パッケージの開発を行いたい、効果的なコマーシャルを作りたい、といったような場合に、その情報を受け取った人がどのような状態になるのかを知ることができれば非常に有用な情報となりそうです。
神経科学や認知心理学の分野では、人の状態を「主観」「生理」「行動」の3つの側面からとらえることが推奨されています(1)。本稿では、これら3つの指標について、それぞれどのようなものであるのか、簡単に触れていきたいと思います。

01. 主観指標

主観指標

最初に主観指標ですが、これはいわゆるアンケートによる状態の推定です。自分がどのような状態であるか、自らの認識に基づいて回答を行うものであり、実施コストが小さい点からも最も広く用いられている状態の推定方法と言ってよいでしょう。
しかし、多くの人がこうした単純なアンケートでは真に知りたい情報が正確に把握できないのではないか、と直感的に考えるように、主観的なアンケートによる状態の推定には弱点も存在しています。
主観指標はその人の自己理解を前提とした情報の取得になるわけですが、人はいつでも自分の状態を正確に把握できているわけではありません。本人の意識できない微細な変化を見逃してしまうことや、なんらかの理由で本来の状態とは正反対の自己認識をもってしまっていることもあるでしょう(体は疲労困憊なのに、やる気だけはあふれている、ということもありますよね)。加えて、「アンケートに記入する」という形式上、例えば感情を喚起するような映像を見ている「その瞬間の」状態を取得することはできません。
このように、アンケートによる主観指標には利点と欠点が存在しています。

02. 生理指標

生理指標

主観指標で述べたような本人の自己認識の影響が気になってしまう場合に、その人の生理指標(脳波や心拍、発汗などの生体反応を数値指標に変換したもの)を測定することで客観的な状態の推定を行う、というのは非常に魅力的な提案です。確かに、脳波や心拍などの生体情報というものは個人が意識的に制御することが難しく、状態の微細な変動にも敏感です。生理指標を取得する機器は多くがとても高価で、同時に測定できる人数にも限りがあることが多いですが、こうしたコストの点に目を瞑れば主観的なアンケートよりも客観的で正確な情報をもたらしてくれそうです。
しかしながら、実際には、「心臓がドキドキする」といったようなある生体の状態というものは、様々な要因によって発生しうる、という点がしばしば問題になります。心臓がドキドキするのは電車に乗り遅れそうで階段を駆け下りたからかもしれませんし、今日大事な試験を控えているからかもしれません。大切な書類をなくしてしまってドキドキしている人や、説教をしてくる上司が憎たらしくて怒りのあまりドキドキしている人もいるでしょう。また、朝寝ぼけ眼で布団に包まっている時と、昼食を取ってからデスクで仕事をこなしている時では、基準となるドキドキの程度も異なってくるはずです(精神的な負荷と心拍の関連については(2)や(3)、心拍数の日内変動については(4)(5)などを参照)。
心臓の活動を例に挙げましたが、これは脳波であっても、発汗であっても、その他多くの生体情報が共通して抱えることの多い問題です。「遅刻しそうなときにだけ表れる心臓のドキドキの仕方」というようなものはなかなか存在しないわけです。そのため、こうした生理指標を解釈するときには厳密な実験環境の下で、実験的操作以外の変化が極力起きないように気を付けながら測定を行います。多くの場合、気温や刺激を提示する装置との距離、周囲の環境音、光の加減、電気的なノイズなど、様々な外乱に気を付ける必要があります。

03. 行動指標

行動指標

行動指標は、主観指標ほどではないけれども解釈がしやすく、生理指標ほどではないけれども客観的で主観的なバイアスに強い指標です。行動、というとイメージする言葉の範囲が広いですが、認知心理学や神経科学では「ある刺激や課題に対する反応時間もしくは反応量」と「課題の正答率」のいずれかが用いられることが多いです。
例えば、「→→←→→」という刺激と、「→→→→→」という刺激がそれぞれ提示されたとき、どちらの方が真ん中の矢印の向きを素早く正確に答えることができると思うでしょうか。これはFlanker課題と呼ばれる著名な認知課題の1つで、一般的には周りの矢印と真ん中の矢印の指す方向が異なるときに、反応時間が遅れると言われています(6)。
この例だけでは、おそらく人間の基本的な性質を知るという意味では面白くとも、実際の製品開発などでどのようにこうした知見が利用されるかイメージしづらい方も多いのではないでしょうか。では、画面の一部分にだけ被験者の反応するべき刺激が提示され、それ以外の箇所には製品パッケージの画像や、製品のコマーシャルが流れるとするとどうでしょうか。もしも製品パッケージがより被験者の気を惹いたり、コマーシャルが無視できないほど関心を惹くものであれば、被験者は反応するべき刺激を見逃してしまったり、反応が遅れる可能性があります。
行動指標は、このように特定の刺激による反応の促進効果や抑制効果に焦点を当て、反応時間や正答率を通してこの効果を解釈します。行動指標は客観性にも解釈性にもある程度優れた指標である一方で、関心ごとを認知的課題に落とし込む必要があることや、長時間の測定では被験者の疲労による影響が無視できない(7)など、この指標にも欠点が存在しています。

まとめ

主観指標、生理指標、行動指標のいずれにおいても、「この指標さえとれば人の状態を知ることができる」というような指標は存在せず、複数の指標を組み合わせて総合的に判断することが必要となります。

センタンでは複数の観点から指標を取得し、それらを組み合わせることでより科学的妥当性の高い知見を提供することができます。課題や目的に応じた最適なアプローチで研究・開発支援(受託研究)生体データの利活用支援が可能ですので、もしご興味をもたれた方がいらっしゃいましたら、お気軽にお問い合わせください。

引用文献

  1. University of West Alabama (2019) The Science Of Emotion: Exploring The Basics Of Emotional Psychology. https://online.uwa.edu/news/emotional-psychology/
  2. Hughes AM, Hancock GM, Marlow SL, Stowers K, Salas E. Cardiac Measures of Cognitive Workload: A Meta-Analysis. Hum Factors. 2019 May;61(3):393-414. doi: 10.1177/0018720819830553. Epub 2019 Mar 1. PMID: 30822151.
  3. Kerautret L, Dabic S and Navarro J (2021) Sensitivity of Physiological Measures of Acute Driver Stress: A Meta-Analytic Review. Front. Neuroergon. 2:756473. doi: 10.3389/fnrgo.2021.756473
  4. Massin MM, Maeyns K, Withofs N, Ravet F, Gérard P. Circadian rhythm of heart rate and heart rate variability. Arch Dis Child. 2000 Aug;83(2):179-82. doi: 10.1136/adc.83.2.179. PMID: 10906034; PMCID: PMC1718415.
  5. Vandewalle G, Middleton B, Rajaratnam SM, Stone BM, Thorleifsdottir B, Arendt J, Dijk DJ. Robust circadian rhythm in heart rate and its variability: influence of exogenous melatonin and photoperiod. J Sleep Res. 2007 Jun;16(2):148-55. doi: 10.1111/j.1365-2869.2007.00581.x. PMID: 17542944.
  6. Eriksen, B.A., Eriksen, C.W. Effects of noise letters upon the identification of a target letter in a nonsearch task. Perception & Psychophysics 16, 143–149 (1974). https://doi.org/10.3758/BF03203267
  7. Dallaway N, Lucas SJE, Ring C. Cognitive tasks elicit mental fatigue and impair subsequent physical task endurance: Effects of task duration and type. Psychophysiology. 2022 Dec;59(12):e14126. doi: 10.1111/psyp.14126. Epub 2022 Jun 21. PMID: 35726493; PMCID: PMC9786280.
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