心のさまよい:マインドワンダリングの不思議な力

心のさまよい:マインドワンダリングの不思議な力

日々の喧騒の中でふと頭の中をよぎる、どうでもいいような考え事。会議の最中に思わずぼんやりとして考えをめぐらしてしまう瞬間。散歩中に自然と浮かんでは消えていくよしなしごと。このような、ぼんやりとして心がさまよっている状態を「マインドワンダリング」と呼びます。ぼんやりとしていることなど、私たちの心の状態の中では重要でないように思えますが、このような状態も科学研究の対象になっています。多くの研究によって、マインドワンダリングとはどのようなものか、脳のメカニズムはどうなっているのか、マインドワンダリングによってどのようなメリットがあるのかが解明されつつあります。今回のコラムでは、心のさまよい「マインドワンダリング」についてみていきましょう。

マインドワンダリングとは何か

冒頭の例のように、マインドワンダリングは、今やっていることとは関係ないことを意図せずに考えてしまうことです(1)。私たちは、日々の生活の中で、いつなんどきも今やっていることは自分でちゃんと意識できていて、考えたり、行動したりしていると思っていますが、実際には、多くの時間をマインドワンダリングに費やしています。
ある研究によれば、私たちは起きている時間帯のうちおよそ半分の時間でマインドワンダリングが起こっていることが報告されています(2)。マインドワンダリングは、散歩や簡単な作業などのようにあまり頭を使わなくてもよいような時や、逆に、理解するのが非常に難しい講演を聞くなどの頭への負荷が限界を超えて高いような時に多く発生する傾向があります(3,4)。意識的に考えていること、行動していることから一旦離れ、心が自由にさまようマインドワンダリングは、私たちの頭、つまり脳の状態と関係がありそうです。

マインドワンダリング時の脳の中を見てみると

マインドワンダリングの舞台となるのは、私たちの脳内にある「デフォルトモードネットワーク」と呼ばれる内側前頭前野、側頭葉、後帯状皮質、楔前部、下頭頂小葉などからなる複数の脳領域をつなぐ神経回路です(5)。脳のデフォルトモードネットワークは、私たちが何も特定のことをしていない時、つまり休息状態にある時に活発に活動し、自分自身について考えたり、過去の経験を思い出したり、将来のことを想像したり計画したりする役割を担っています。多くの研究で、デフォルトモードネットワークは、マインドワンダリングが発生している間、特に活発になることが示されています。
たとえば、Andrews-Hanna et al.(2010)による研究では、デフォルトモードネットワークの活動が増加するとマインドワンダリングの報告が多くなることが確認されています(6)。脳への負荷が低い時や、極端に負荷が高い時に、デフォルトモードネットワークが活発化するモードに切り替わり、私たちは意識的に集中しているわけではないのに、脳は自動的に、自分のことや、過去や将来などの時間についてのさまざまな情報をつなぎ合わせていきます。これを、私たちは心のさまよい、つまりマインドワンダリングとして体験するわけです。

デフォルトモードネットワーク

マインドワンダリングの意外なメリット

ぼんやりとして心がさまよっていて、一見、生産性の敵のように思えるマインドワンダリングですが、実は創造性と深い関係があります。創造性とは、既存の要素を新しい方法で組み合わせて、まったく新しい何かを生み出す能力です。興味深いことに、心が自由にさまようことで、通常では結びつかないようなアイデアが結びつき、革新的な解決策が生まれることが多くの研究によって示されています。Bairdらの研究(7)は、マインドワンダリングが創造的な問題解決に役立つことを示しました。つまり、ぼんやりとして、心が自由にさまようことが、意識下でさまざまな情報をつなぎ合わせ、思考のステレオタイプなパターンからの脱却を助けて、柔軟な発想を生み出すのに役に立つと考えられているのです。
このプロセスは、「創造的インキュベーション」と呼ばれています。インキュベーションとは、あたためや孵化の意味を指す言葉ですが、マインドワンダリングの時間帯は、脳内ではアイデアをあたためて、次の大きなアイデアの孵化を待っている状態なのかもしれないのです。

マインドワンダリングを促す方法

このマインドワンダリングと創造性の関係性は、古くからよく経験されたことのようです。北宋の政治家、文学者の欧陽脩は、良い文章のアイデアが生まれやすいのは三上(馬上、枕上、厠上)であると言っています。馬上は、乗り物に乗っている時、現代で言うなら電車に乗ってぼんやりしている時のような状態でしょうか。枕上は、寝入り端、あるいは寝起きのことを指すのでしょう。厠上は用を足しているときです。いずれも、よしなしごとを徒然なるままに考えているようなマインドワンダリングをしている状況です。
では、どのようにすれば三上のようにマインドワンダリングを促すことができるのでしょうか?実は、森林浴といった自然体験が、マインドワンダリングを促進させる方法の一つとして注目されています(8)。自然の環境は、日常の悩みやタスクから離れていることから、さまざまな考えが自由に展開するのに理想的な条件が整っています。創造性を高めるという目的で,マインドワンダリングを促すために森林浴などの自然体験を積極的に取り入れてはいかがでしょうか。

まとめ

心がさまよっている状態であるマインドワンダリングは、決して悪いものではありません。むしろ、私たちの創造性を育むために必要な脳のはたらきと言えるでしょう。
日々の生活の中で、散歩や自然体験などマインドワンダリングを促す時間を作ることで、自分自身と深く繋がり、新たな発見やひらめきを得ることができます。ぜひ、マインドワンダリングを楽しんでみてください。

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引用文献

  1. Smallwood, J., & Schooler, J. W. (2015). The science of mind wandering: Empirically navigating the stream of consciousness. Annual review of psychology, 66, 487-518.
  2. Killingsworth, M. A., & Gilbert, D. T. (2010). A wandering mind is an unhappy mind. Science, 330(6006), 932-932.
  3. McVay, J. C., & Kane, M. J. (2010). Does mind wandering reflect executive function or executive failure? Comment on Smallwood and Schooler (2006) and Watkins (2008).
  4. Hyman Jr, I. E., Burland, N. K., Duskin, H. M., Cook, M. C., Roy, C. M., McGrath, J. C., & Roundhill, R. F. (2013). Going gaga: Investigating, creating, and manipulating the song stuck in my head. Applied Cognitive Psychology, 27(2), 204-215.
  5. Poerio, G. L., Sormaz, M., Wang, H. T., Margulies, D., Jefferies, E., & Smallwood, J. (2017). The role of the default mode network in component processes underlying the wandering mind. Social cognitive and affective neuroscience, 12(7), 1047-1062.
  6. Andrews-Hanna, J. R., Reidler, J. S., Huang, C., & Buckner, R. L. (2010). Evidence for the default network’s role in spontaneous cognition. Journal of neurophysiology, 104(1), 322-335.
  7. Baird, B., Smallwood, J., Mrazek, M. D., Kam, J. W., Franklin, M. S., & Schooler, J. W. (2012). Inspired by distraction: Mind wandering facilitates creative incubation. Psychological science, 23(10), 1117-1122.
  8. Williams, K. J., Lee, K. E., Hartig, T., Sargent, L. D., Williams, N. S., & Johnson, K. A. (2018). Conceptualising creativity benefits of nature experience: Attention restoration and mind wandering as complementary processes. Journal of Environmental Psychology, 59, 36-45.
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