誤解や誤用の多い心理学用語

心理学に限らず、多くの科学研究分野では、研究者はある現象や効果の名称により「キャッチ―な」名称を使用したがります。自身の関連する分野への社会的な注目が高まれば、その領域に対する金銭的な投資が増加したり、その分野への参入を志す優秀な学生が増加するため、このような「広告活動」も研究分野の発展にとって必要であると言えます。
しかしながら、医学や心理学などの社会的な注目度の高い領域においては、こうしたキャッチ―なフレーズや、簡素化された現象・効果の説明が独り歩きしてしまうこともしばしば起こり得ます。このような、学術的な意味で不正確であったり、紛らわしい用語の使用は、実際の科学的エビデンスと一般的な認識の乖離を生じさせ、現象や効果の本質を見逃してしまうことにつながります。
Lilienfeldら(2015)は、誤解や誤用が多く積極的に用いるべきではない心理学用語を50個ほど紹介しています(1)。本稿では、この中からいくつかピックアップして解説を行っていきたいと思います。なお、全数が50個と多いので、著者のコラムネタを補填するために、紹介しきれなかったものを取り上げる第2回以降が執筆されるかもしれません。
自閉症の流行(autism epidemic)
最初に取り上げるのは、神経発達症の1つである自閉スペクトラム症(2)が「流行」している、という用語についてです。自閉スペクトラム症に限らず、神経発達症群、いわゆる「発達障害」と呼ばれる症候群の診断が増加している、ということは多くの人が耳にしたことがあるのではないでしょうか。実際に、「医師から発達障害と診断された者の数(本人・家族等からの回答に基づく推計値)」(3)は令和4年時点で87万2千人であり、平成28年調査の48万1千人から大きく増加しています。
こうした現象を指して、自閉スペクトラム症や一般に発達障害と呼称される疾患群が「流行」していると考える人も多くいます。例えば先進諸国における世界的な晩婚化傾向が、あるいは食事バランスの影響が、など、なんらかの理由をつけてこの「流行」を説明しようとする言説を聞いたことのある方も多いでしょう。
しかし、Lilienfeldら(2015)はこの「流行」を否定しています。自閉スペクトラム症を有する人の割合が増加したという直接的なエビデンスは存在せず、診断数の増加は医師や一般の人々に自閉スペクトラム症の概念が広く普及した結果であると説明しています。自閉スペクトラム症という疾患の概念に触れることで、「自分はもしかしたら」や「うちの子どもはもしかしたら」と考える人が増加したことにより、これまで「医者にかかる」という選択肢のなかった人たちがその選択肢を得たことで、結果的に診断数の増加につながっているという考えです。
Lilienfeldら(2015)は、実際に自閉スペクトラム症の割合が増加しているとしてもその増加はせいぜいわずかなものであり、「流行」という広範な主張を行うべきではないと述べています。
性別、社会的属性、学歴、人種、抑うつ、外向性、知性などによるXへの影響(Influence of gender (or social class, education, ethnicity, depression, extraversion, intelligence, etc.) on X)
ちょっと長いですが、要は「実験的に操作できない要因による」Xへの「影響」という言葉を使うことに慎重になるべきであるという内容です。
「影響」や「効果」という言葉は、否応にも因果関係を想起させる言葉です。因果関係と相関関係は似て非なるものであり、相関関係にあるものが必ずしも因果関係をもつわけではありません。例えば、「アイスクリーム屋の売り上げ」と「熱中症で搬送される人の数」はおそらく相関関係にありますが、これをアイスクリームに熱中症を誘発する有害な成分が含まれているから、と考える人はほとんどいないでしょう。常識的に考えるのであれば、「アイスクリーム屋の売り上げ」も「熱中症で搬送される人の数」も、因果の始点は「気温」です。つまり、「アイスクリーム屋の売り上げ」と「熱中症で搬送される人の数」は相関関係にあっても因果関係にはありません。
実験的な心理学において因果関係を検証する強力な手段はRandomized Controlled Trial (RCT)と呼ばれる方法で、ある要因への暴露の有無を複数個の集団にランダムに割り付けることで、要因への暴露以外の要素によるアウトカムへの影響を統制します。しかしながら、性別や社会的属性などのある種特性的な要因について考えると、こうした操作は難しいことがわかります。特性的要因を実験操作によって変化させることは通常不可能なので、その特性的要因に紐づく諸々の影響を取り除くことができないわけです。
社会学や社会心理学などの領域では、しばしばこうした特性的要因の「影響」や「効果」が語られることが多いですが、原理的に正確な因果関係の検証は困難である、ということは意識しておいてもよいでしょう。
群間に差がない(No difference between groups)
上述のRCTの話とも関連しますが、心理学や薬学、医学などの効果検証においては要因への暴露の有無で群をわけて、なんらかのアウトカム(例:症状得点のスコア)に群間の差が存在するかを統計的に検定することが多いです。このあたりは製品の効果検証などを行っている方にも馴染みの深い手続きなのではないでしょうか。
さて、こうした統計的な差の検証を行った際に、群間に統計的に有意な差が認められなかったことを「群間に差がない」と表現することが非常に多くあります。特に医学系の研究などでは、群間の男女比や年齢割り当てに差が存在しなかったことを示すために統計的な検定を行っていることも多い印象です。
しかし、通常行われる統計的な検定では、このように「群間に差がない」ことは検定できません。統計的仮説検定では、通常「帰無仮説(≒群間に差がないという仮説)のもとで手元のデータが得られる確率(p値)」を計算し、その確率が十分に小さいことでもって対立仮説(≒群間に差があるという仮説)を採択します。つまり、p値が有意水準(通常5%)よりも大きい値を示しているということは、帰無仮説のもとで偶然によって手元のデータが得られる確率が十分に小さくはない、ということを示しているに過ぎません。そのため、こうした検定で帰無仮説が正しいこと、つまり群間に差がないことを積極的に主張することはできないのです。
すこしややこしいですが、このあたりはAmerican Statistical Association(ASA)によるp値についての声明(4)も目を通してみると理解の助けとなるかもしれません。
まとめ
さて、思ったよりも各項目に分量が必要であったので、今回のコラムはここで終了したいと思います。まだ3/50なので、全部とはいきませんが、もう少し機会を見つけて紹介していきたいと思っています。
心理学について興味があったり、心理学関連の論文を読むことがある、というような方にとって、結果の解釈などの参考になれば幸いです。
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引用文献
- Lilienfeld SO, Sauvigné KC, Lynn SJ, Cautin RL, Latzman RD, Waldman ID. Fifty psychological and psychiatric terms to avoid: a list of inaccurate, misleading, misused, ambiguous, and logically confused words and phrases. Front Psychol. 2015 Aug 3;6:1100. doi: 10.3389/fpsyg.2015.01100. PMID: 26284019; PMCID: PMC4522609.
- American Psychiatric Association (2013) Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth edition (DSM-5). American Psychiatric Publication, Washington, D.C. (日本精神神経学会監修 (2014) DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院, 東京)
- 「令和4年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査)結果の概要」 厚生労働省 2024
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/seikatsu_chousa_b_r04_01.pdf - Wasserstein, R. and Lazar, N.I. (2016). The ASA’s statement on p-values: Context, process, and purpose. The American Statistician, 70, 129–133.
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