2024.10.11

思考抑制:シロクマを考えないことはできるか

思考抑制:シロクマを考えないことはできるか

嫌な出来事を思い出さないようにしたり、食べ過ぎやお金の浪費をしないために欲求を刺激するものを考えないようにしたりした経験がある人は多いと思います。その時、それらが頭の中に浮かぶのを止めることができたでしょうか?恐らく、意図に反して勝手に思い浮かんだり、気づいたら考えていたりしていたのではないでしょうか。
これは、考えないようにしようとする意思が弱いわけではなく、考えるのを抑制しようとすればするほどその対象のことを考えてしまうといった思考のプロセスが存在することが原因のようです。ある対象を考えないようにすることは思考抑制(thought suppression)と呼ばれ、これまで多くの関連した研究が行われてきました。今回のコラムでは、この思考抑制についてご紹介します。

シロクマを考えるな

最初に紹介する研究では、タイトルにあるように被験者にシロクマについて考えるのを抑制してもらいました。
実験では、被験者は5分間頭の中に浮かんだことや考えたことを声に出すよう指示されました(1)。実験条件はシロクマを抑制する条件と、表出する条件の2つがありました。抑制条件では、このときシロクマのことは考えないように指示し、もしシロクマと言ったり、シロクマが頭の中に入ってきたりしたときは、目の前のベルを鳴らしてもらうようにしました。一方、表出条件ではシロクマのことを考えるよう指示し、同じようにベルを鳴らすようにしてもらいました。
その結果、表出条件の方が抑制条件に比べてシロクマのことを考える頻度は高くなっていましたが、抑制条件でシロクマのことは考えないように指示したにも関わらず、被験者は完全にシロクマのことを考えないようにすることはできませんでした。また、実験順序に関して、先に抑制条件を、後に表出条件を行う被験者グループと、逆の順序で行う被験者グループがありましたが、先に抑制条件を行なった被験者群は、後に行なったグループより、表出条件時にシロクマと考える回数が多くなる傾向がありました。
これはある対象を考えるのを抑制し、その後抑制しなくなると、通常より多く考えてしまうリバウンドの効果が存在することを示唆しています。

思考抑制と学習の関係

思考抑制が恐怖条件づけの消去を妨げる研究もあります(2)。
被験者にある特定のカテゴリ(例えば動物)の画像とともに不快な刺激(例えば電気ショック)を与え続けると、画像と不快刺激の結びつきを学習して、そのカテゴリの画像を見ただけで不快刺激が与えられることを予測したり、身体が反応したりしてしまいます(恐怖条件づけといいます)。しかしその後、そのカテゴリの画像を提示しても、不快刺激が与えられないことが続くと、画像と不快刺激との結びつきが失われ、画像を見ても心身が反応しなくなります(消去といいます)。
この恐怖条件づけの消去が行われているとき、画像が提示された際にその画像について考えないように指示すると、そうしない場合に比べてその後画像が提示されたときに不快刺激を予測する傾向が高くなり、不快刺激と画像の結びつきの消去が起きにくくなっていました。
これは何か嫌な出来事を忘れたいときは、その出来事と結びついているものと接したときに、それについて考えないようにすると、逆に忘れにくくなってしまう可能性があることを示しています。忘れたいときは、積極的に考えを抑制しようと思わない方がいいのかもしれません。

思考抑制と行動の関係

思考抑制が、本人が恐怖や不安に感じるものへの行動を変えることを示した研究もあります(3)。
この実験ではクモに恐怖を感じる被験者に、実物のクモにどれくらい接近できるかを計測しました。被験者はグループに分けられ、クモに接近する前に、あるグループは嫌なことを考えるのを抑制(思考抑制)してもらい、他のグループにはマインドフルネスを行なってもらいました。マインドフルネスとは、意図的に今この瞬間に体験していることに、評価や価値判断を加えないで、注意を向けることをいいます。その結果、思考抑制したグループは、マインドフルネスをしたグループに比べて、クモからより遠ざかる傾向があり、より恐怖を感じていた可能性がありました。また不安感のアンケートでも、思考抑制グループはマインドフルネスグループに比べて高くなっていました。
何か嫌なものに対峙するときは、その前にネガティブなことを考えないよう思考を抑制するよりも、マインドフルネスのような思考の状態になるほうが、その恐怖や不安に対処できるのかもしれません。

まとめ

このように思考抑制は、ある対象を思い出さないようにしようとしても上手くいかないことが多く、場合によってはよりいっそう考えてしまうということもあります。このような思考のプロセスは、対象がネガティブなものの場合、メンタルの状態に良くない結果を及ぼすことが予測されます。実際、思考抑制とうつ症状の関係を示唆する研究もあります(4)。しかし、最近では思考抑制のトレーニングを行うと、対象への感情の反応や鮮明さが減り、抑制した対象のリバウンドもおきず、メンタルヘルスが向上したことを示した研究も出てきています(5)。
メンタルヘルスに限らず、禁煙やダイエット、節約など思考や欲求を単純に押さえつけるのではなく、思考抑制のプロセスを理解して上手く利用することで、苦しみや努力を減らして目的を達成できるようになるかもしれません。

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引用文献

  1. Wegner, D. M., Schneider, D. J., Carter, S. R., & White, T. L. (1987). Paradoxical effects of thought suppression. Journal of personality and social psychology, 53(1), 5.
  2. Hennings, A. C., Bibb, S. A., Lewis-Peacock, J. A., & Dunsmoor, J. E. (2021). Thought suppression inhibits the generalization of fear extinction. Behavioural brain research, 398, 112931.
  3. Hooper, N., Davies, N., Davies, L., & McHugh, L. (2011). Comparing thought suppression and mindfulness as coping techniques for spider fear. Consciousness and Cognition, 20(4), 1824-1830.
  4. Szasz, P. L. (2009). Thought suppression, depressive rumination and depression: A mediation analysis. Journal of Evidence-Based Psychotherapies, 9(2), 199.
  5. Mamat, Z., & Anderson, M. C. (2023). Improving mental health by training the suppression of unwanted thoughts. Science Advances, 9(38), eadh5292.
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