2025.04.02

誤解や誤用の多い心理学用語 part 2

誤解や誤用の多い心理学用語 part 2

以前、というよりは直前のコラムで「誤解や誤用の多い心理学用語 Part 1」をテーマに、Lilienfeldら(2015)(1)の論文を主体としながら文章を書かせていただきました。その冒頭で、「紹介しきれなかったものを取り上げる第2回以降が執筆されるかもしれません」と述べさせていただいたのですが、私の遅筆を察しているのかコラムの投稿管理をされている方より「次もそのテーマで続きを書いてください」と言われたので、早速ではありますが第2弾を書いていきたいと思います。
前回のコラムと同じく、心理学の分野においては多くの誤解や誤用が、その分野を専門とする研究者の中においてもありふれており、そうした誤解・誤用の多い用語について解説を行わせていただく内容となっております。

ゴールドスタンダード(Gold Standard)

ゴールドスタンダード、あえて日本語に訳するのであれば、金科玉条のような用語になるでしょうか。ある手法や技術などが、その分野において圧倒的な第一選択となっている場合に用いられることがある用語です。この用語も、心理学分野で誤用・誤解の多い用語として紹介されています。
この用語の仕様が不適切となる原因については、心理学分野において真の意味でゴールドスタンダードとなるような手法や技術などが非常に限られた存在であるからです。例えば、心理学分野では人の主観的な状態を定量的に評価する手法として質問紙調査を実施することがあります。こうした調査で用いられる質問紙は、多くの場合、実験者や調査者が思い付きで用意したものではなく、先行研究によって信頼性や妥当性の評価が行われたものが用いられます。
より具体的な例を挙げると、臨床心理学の分野において社交不安傾向を調査するのであればLiebowitz Social Anxiety Scale:LSAS(2)(3)、抑うつ症状を評価するのであればBeck Depression Inventory-II:BDI-II(4)(5)などがしばしば用いられます。そして、こうした質問紙を「ゴールドスタンダード」な質問紙である、と評することもしばしばあります。しかしながら、心理学的な概念の多くは仮説構成概念であり、その概念そのものを直接観察・評価・測定することができないために、質問紙への回答などの間接的な行動や反応から評価しています。上述のLSASやBDI-IIもあくまで「社交不安」や「抑うつ」などの仮説構成概念を測定するための提案手法の1つであり、「ゴールドスタンダード」と評することができるほどの妥当性を備えたものではありません。これはその質問紙の妥当性の検証が不十分であるという意味ではなく、仮説構成概念を測定するという原理的に限界があると言えるものだからです。事実、「社交不安」や「抑うつ」を評価する場合でも、それぞれの尺度の特徴を考慮してその他の尺度が採用されることもよくあります。
長くなってしまいましたが、上記のような理由から心理学領域で「ゴールドスタンダード」という用語を使用するのは慎重になった方が良いでしょう。私自身、説明の際に使用したこともある用語であるので注意していきたいです。

信頼性と妥当性(Reliable and valid)

さて、ちょうど上段の「ゴールドスタンダード」の項でも用いさせていただきましたが、「信頼性と妥当性」という用語も誤解・誤用の多い用語として紹介されています。
簡単にそれぞれを説明すると、「信頼性」とはある測定について、同一の要件を満たす測定対象に対して測定を行ったのであれば、近しい結果が得られるという程度を表しています。例えば、金属でできた定規は(熱などの要因による多少の伸縮はあれど)同じ対象を測定するとほとんど同じ結果を返します。こうした測定は信頼性の高い測定であると言えます。反対に、ゴムで作った定規があればどうでしょうか。同じ対象を測定したとしても、測る際の力加減などによって逐一結果が変わるはずなので、こうした測定は信頼性が低いと言えます。
「妥当性」はある測定について、測りたい概念を適切に測定できている程度を表しています。例えば、「ベニヤ板の長さを測りたい」というときに、定規やメジャーをもってくるのは「長さ」を測るための妥当な行為ですが、体重計をもってきても(重さという意味で信頼性の高い結果は返してくれますが)妥当な行為とは言えません。
さて、それぞれの概念を心理学領域で具体的にどのように測定・担保しているのかについては本稿の主題からそれるため割愛しますが、Lilienfeldら(2015)はこの概念が「信頼性がある・ない」「妥当性がある・ない」のような2項対立的な使用をされることに警鐘を鳴らしています。上段での説明の通り、心理学的な測定の対象の多くは仮説構成概念であり、その概念そのものを(それこそ重さや長さのように)直接的に測定することはできません。そのため、信頼性や妥当性についてもそれそのものを評価することはできず、様々な手段で評価を「積み重ねていく」ものであり、「ある・ない」のような評価はできません。想定的に「高い・低い」というような連続量的な評価を行う必要があるという点を理解しておかないと、こうした概念から測定手法を適切に評価するのは難しいかもしれません。

潜在(仮説)構成概念(Latent construct)

上段で散々使用した仮説構成概念という用語も、Lilienfeldら(2015)によればあまり積極的に用いるべきではないようです。Lilienfeldらによる主張では、心理学的な測定の対象となる「構成概念」はそもそも直接測定できない概念であるため、「潜在」や「仮説」などの用語を用いるのは冗長的な表現であるとのことです。
もちろん、心理学の領域で完結した話をするのであれば、この主張の通りなのですが、本稿のように心理学領域を前提としない文章や、領域・分野横断的な研究では、他分野の研究者や読者の混乱を招かないためにも仮説構成概念などの弁別可能な表現を行った方が私個人としてはわかりやすいように感じています。

まとめ

最後は少し異を唱えてしまいましたが、今回も誤用・誤解の多い心理学分野における表現について3つほど紹介をさせていただきました。今回はどちらかというとなんらかの概念の測定・評価によったものを紹介したつもりです。わかりやすくまとめられておりましたら幸いです。

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引用文献

  1. Lilienfeld SO, Sauvigné KC, Lynn SJ, Cautin RL, Latzman RD, Waldman ID. Fifty psychological and psychiatric terms to avoid: a list of inaccurate, misleading, misused, ambiguous, and logically confused words and phrases. Front Psychol. 2015 Aug 3;6:1100. doi: 10.3389/fpsyg.2015.01100. PMID: 26284019; PMCID: PMC4522609.
  2. Liebowitz, M. R. (1987). Social phobia. Modern Problems of Pharmacopsychiatry, 22, 141–173.
  3. 朝倉 聡,井上 誠士郎,佐々木 史,佐々木 幸哉, 北川 信樹,井上 猛,傳田 健三,伊藤 ますみ,松原 良次,小山 司(2002).Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)日本語版の信頼性および妥当性の検 討 精神医学,44, 1077–1084.
  4. Beck, A . T., Steer, R. A. & Brown, G. K. (1996) Manual for the Beck Depression Inventory – II. San Antonio, TX : Psychological Corporation
  5. 小嶋 雅代・古川壽亮 (2003).日本版BDI-II手引き 日本文化科学社
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