言葉と文化が脳の働きに与える影響

言葉と文化が脳の働きに与える影響

最新の心理言語学の視点によると、言語は思考などの認知機能と深い結びつきがあると示しました。例として、バイリンガルを対象とする先行研究では、海外で第二言語を習得する過程で、モダリティ(視覚、聴覚など)に依存した脳活動の変化を明らかにしました。特に、縦断的なfMRIの結果により、2ヶ月間にわたって第二言語を学習した後、視覚および聴覚領域が活性化され、複数のモダリティが相乗的に働いていることが示されました。また、両側の海馬にも有意な活性化が認められ、記憶関連プロセスが関与していることが示唆されました(1)。さらに、他の先行研究により、言語と文化は人の認知に様々な影響を与えていることが分かっています。本稿では、言語がどのように人の認知を制約・構築しているか、また文化が言語を通じてどのように人の認知に影響しているかについて紹介します。

言語は人の認知を制約・構築している

Marcelino (2024) は、心理言語学の視点から、言語と知覚、記憶、問題解決などの認知機能との間の関連性を考察し、レビューしました(2)。言語は単に人間のコミュニケーションの道具だけでなく、記憶、問題解決、推論を含む認知プロセスの基礎的な部分でもあります。
言語についての面白い先行研究の結果を一つ紹介します。中国語(マンダリン)と英語の話者において、時間の捉え方が大きく違っています(3)。時間を表す単語の順番を確認する課題において、中国語話者は垂直配列の物体を見た後の反応スピードが速くて、逆に英語話者は水平配列の物体を見た後の反応スピードが早かったことから、中国語を話す人は、時間を垂直的に並んでいると考えているように対して、英語を話す人は時間を水平的に並んでいると考えています(下図参照)。

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それだけではなく、中国語話者が英語で思考、話すときも母語の影響を受けて、時間を垂直的に考える傾向があります、そして中国語を母語とするバイリンガル(2つの言語を学び、状況と場面に応じて自由に使えこなせる人)の時間に対する思考傾向は、英語を学び始めた年齢と関係しているような研究結果もあります。
ここまで読むと、「母語が人の考え方を決める」と断言できそうですが、実はそうではありません。英語話者に中国語のような時間を垂直的に考える言語を教える際に、時間を垂直的に考える傾向が見られました。その現象に対する解釈の一つは、深層学習に基づくニューラル・レキシコン仮説です。言語への反復曝露が人の脳内にニューラル「辞書」を形成し、これが認知の基盤となるメカニズムを示そうとしました(4)。

言語と文化が認知に与える相互の影響

人々が物体の位置や動き、方向を理解・記述するための基準を空間認識の参照フレーム(Frame of Reference, FoR)といいます。そして、世界各地の文化は、それぞれ独自のFoRを持っています(5)。人が物の位置や方向をどう表現するかは文化によって異なるため、ある文化では「自分の右」を基準に話す一方で、別の文化では「東や西」のような方角を使うことがあります。こうした違いは、それぞれの文化が持つ独自のFoRによるものです。
先行研究によると、20世紀の後半からメキシコのユカテク半島の一部のユカテク・マヤ村の中で生まれたユカテク・マヤ手話は、数千年も使われたユカテク・マヤ語と同じようなFoRを持っていることを証明しました(6)。つまり、言語は文化の中から生まれたといえます。
Imai & Masuda (2013) の研究は、言語と文化が人間社会の様々な概念の普遍性と多様性にどのように影響を与えているかを探求し、普遍的な概念構造の上に文化的な修正が加わることで、各文化固有の概念的多様性が生み出されることを明らかにしました(7)。西洋人は個体に注目しているのに対して、東アジア人はより全体的に物事を見ていると言われています。例えば、先行研究の中で、同じシーンを説明する課題では、西洋人(イタリア人)は個人の特質を説明しながら、個人がどのようなものであるかについて話す傾向があるため、形容詞を動詞より頻繁に使用します。それに対して、東アジア人(日本人)は、人々が何をするかについて話すことを好み、人々や世界との関係に関心を持っているため、動詞の使用が多くなります。また、課題の登場人物の特性推論課題では、西洋人がより多くの記憶エラーを起こしました(8)。つまり、東アジア人はより多くの動詞を使ったことで、登場人物の行動に対する記憶も促進しました。

まとめ

前述のように、先行研究では、言語と文化は人の認知に大きな影響を与えていると判明できました。このような心理学諸分野の知見は職場やビジネスの現場でも役立ちます。
今回ご紹介した先行研究を通じて、多様な文化や言語を尊重した「グローバルな職場づくり」の重要性が示されました。グローバルな職場では、従業員間でスムーズにコミュニケーションを取るため、共通言語を取り入れなければなりません。また、互いの母語を学ぶチャンスもあります。そこで、多文化の情報や知識だけでなく、他言語を学ぶことで物事に対する新しい考え方もできるのではないでしょうか。そして情報処理と記憶に関する脳の領域の活性化を成し遂げれば、まさに新たな価値創出を促す基盤と言えるでしょう。

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引用文献

  1. Sakai, K. L., Kuwamoto, T., Yagi, S., & Matsuya, K. (2021). Modality-Dependent Brain Activation Changes Induced by Acquiring a Second Language Abroad. Frontiers in Behavioral Neuroscience, 15, 631957.
    https://doi.org/10.3389/fnbeh.2021.631957
  2. Marcelino, M. E. (2024). Psycholinguistics: How language shapes cognition. Berkeley Undergraduate Journal, 38(1).
    https://doi.org/10.5070/B3.39972
  3. Boroditsky, L. (2001). Does language shape thought? Mandarin and English speakers’ conceptions of time. Cognitive Psychology, 43(1), 1–22.
    https://doi.org/10.1006/cogp.2001.0748
  4. Cho, Z.-H., Paek, S.-H., Kim, Y.-B., Cho, T., Jeong, H., & Lee, H. (2022). Human cognition and language processing with Neural-Lexicon Hypothesis.
    https://arxiv.org/abs/2210.12960
  5. Levinson, S. C. (2003). Space in Language and Cognition: Explorations in Cognitive Diversity. Cambridge: Cambridge University Press.
    https://www.cambridge.org/core/books/space-in-language-and-cognition/D07AD2885A025E00B1C94ED722071D80#
  6. Le Guen, O., & Tuz Baas, J. A. (2024). Spatial Cognition, Modality and Language Emergence: Cognitive Representation of Space in Yucatec Maya Sign Language (Mexico). Languages, 9(8), 278.
    https://doi.org/10.3390/languages9080278
  7. 7) Imai, M., & Masuda, T. (2013). The role of language and culture in universality and diversity of human concepts. In Advances in Culture and Psychology (Vol. 3). Oxford Academic.
    https://doi.org/10.1093/acprof:oso/9780199930449.003.0001
  8. Maass, A., Karasawa, M., Politi, F., & Suga, S. (2006). Do verbs and adjectives play different roles in different cultures? A cross-linguistic analysis of person representation. Journal of personality and social psychology, 90(5), 734–750.
    https://doi.org/10.1037/0022-3514.90.5.734
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