デジタルレジリエンス:テクノロジー時代の折れない心

デジタルレジリエンス:テクノロジー時代の折れない心

スマホやSNSが日常に浸透し、AIが仕事や生活をサポートする現代、デジタル社会における膨大な情報、瞬時の応答、そして常時接続の生活スタイルは、わたしたちの脳や心身に新たなストレスをもたらしています。このようなデジタル環境で柔軟に適応し、心身の回復力を維持する力が「デジタルレジリエンス」です。このコラムでは、神経科学、心理学などの学際的な観点から、デジタル時代のレジリエンスを探ります。

デジタルレジリエンスとは何か

デジタルレジリエンスという言葉は、組織の情報技術システムにサイバー攻撃などの問題が生じた場合でも、適応的に対応し回復させる能力として使われることが多いですが、近年では、個人のデジタルレジリエンスにも注目が集まっています(1)。個人のデジタルレジリエンスは、テクノロジーによるストレスや情報過多に適応し、心の健康を維持する能力のことです。心理学の分野では、レジリエンスは、逆境やストレスから立ち直る心理的な回復力を指す言葉ですが、デジタルレジリエンスは、特に、デジタル環境における適応力、回復力を指します。現代人は多い時には1日に数百回スマホをチェックし、デジタル情報に絶えず晒されています。この状況がもたらす「デジタル疲労」や「情報中毒」は、認知機能や精神的健康に悪影響を及ぼします。デジタルレジリエンスを高めることは、これらの影響を軽減し、健全な生活を送るために不可欠です。

デジタル環境が脳に及ぼす影響

デジタル社会に適応するため、脳は絶えず新しい情報処理を強いられます。しかしながら、適応的に情報処理が行えない場合もあります。デジタル環境による注意の分散が集中力低下を引き起こすことが、研究者たちによって示されています。例えば、Rosenらの研究では、勉強中にSNSへアクセスすることで注意が分断され、成績が低下することが報告されています(2)。神経科学の観点では、前頭前野がタスク管理や意思決定を司っていますが、マルチタスクで複数のタスクを切り替えながら行ったり、情報過多に晒されたりすると、この脳領域の効率が低下します。例えば、インターネットを使用することによる絶え間ない情報の切り替えが前頭前野に負担をかけ、集中力の低下や認知疲労を引き起こすのです(3)。脳を適応的に働かせるためには、適度なデジタル使用と情報の選択が重要です。意図的に情報取得を制限し、脳に休息を与えることで、適応メカニズムが正常に機能します。

デジタル依存と対策

とは言うものの、1日のうち少しの時間だけでもスマホを手放そうと決意しても、つい無意識にポケットやバッグに手が伸びてしまう、通知音が鳴るたびに、まるで小さなご褒美がもらえるような気がしてスマホを見ずにはいられないといったことは、多かれ少なかれ皆さん経験したことはあるのではないでしょうか?このようなデジタル環境への依存は、脳内の報酬処理と深く関わっています。例えば、SNSでの「いいね」や通知がもたらす即時の報酬は、脳内の線条体という領域を活性化させ、快感や満足感を引き起こします(4)。しかし、この即時報酬が繰り返されることで脳は報酬を過剰に求めるようになり、依存してしまうのです。
依存対策として有効な方法の一つとして、「報酬遅延訓練」があります。つまり、ごほうびは後からというのを習慣づける方法です。例えば、SNSの通知を一括でまとめて受け取る設定に変更し、頻繁な通知の確認を避けることは、即時報酬を繰り返さないという点で効果的です。また、より積極的に、SNSなどの使用を時間で区切り、特定のタスク(例えば宿題など)が完了した後にのみ使用するルールを設けるといったような報酬に対する自己制御力を養うことも神経科学の観点から有効と言えます(5)。さらに、「代替行動の導入」もお勧めです。例えば、自然環境でのウォーキングや趣味の時間を増やすなど、デジタルデバイスを使用しない活動を日常に取り入れることで、それらの活動に対して脳内の報酬系が自然な形で刺激され、デジタル環境への依存を防ぎやすくなります。

デジタルレジリエンスを高める心理学的アプローチ

デジタルレジリエンスを高める心理学的アプローチもご紹介しておきましょう。その一つ、認知行動療法は、ストレスの原因となる自分の思考パターンを認識し、適切に対処する方法を学ぶ心理療法です。認知行動療法では,まずデジタルデバイスへの依存や情報過多によるストレスを引き起こすネガティブな考え方を特定します。例えば、「常にSNSをチェックしないと孤立する」「メールにすぐに返信しないと失礼だと思われる」といった考えを認識し、その思考を客観的に見直します。その後、例えば、「自分のペースでSNSを使えば良い、リアルな人間関係を大切にすれば孤立することはない」「自分の時間を大切にすることは悪いことではない、相手も理解してくれる」といったような代替となる健康的な思考や行動パターンを形成し、ストレスを軽減します。
また、セルフコンパッション(自分への思いやり)の実践も効果的です。デジタル社会では、SNSなどで他人と比較して、「自分は他の人よりだめなんだ」といった自己否定感を抱きやすいものです。自分を責めるのではなく、失敗や困難を受け入れ、自分に優しく接することや、自分だけでなく他の人も同じように悩んでいることを理解することによって、ストレスからの回復力が高まります(6)。

まとめ

デジタル社会におけるストレスに対処するためには、デジタルレジリエンスが不可欠です。テクノロジーを主体的に管理し、デジタル依存から解放されることで、脳の健全な機能を維持し、心の柔軟性と回復力を高めることができます。意識的にオフラインでの活動を取り入れることで、デジタル環境に負けない、しなやかな適応力を育んでいきましょう。

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引用文献

  1. Sun, H., Yuan, C., Qian, Q., He, S., & Luo, Q. (2022). Digital resilience among individuals in school education settings: a concept analysis based on a scoping review. Frontiers in psychiatry, 13, 858515.
    https://doi.org/10.3389/fpsyt.2022.858515
  2. Rosen, L. D., Carrier, L. M., & Cheever, N. A. (2013). Facebook and texting made me do it: Media-induced task-switching while studying. Computers in Human Behavior, 29(3), 948-958.
    https://doi.org/10.1016/j.chb.2012.12.001
  3. Loh, K. K., & Kanai, R. (2016). How has the Internet reshaped human cognition?. The Neuroscientist, 22(5), 506-520.
    https://doi.org/10.1177/1073858415595005
  4. Montag, C., Markowetz, A., Blaszkiewicz, K., Andone, I., Lachmann, B., Sariyska, R., … & Markett, S. (2017). Facebook usage on smartphones and gray matter volume of the nucleus accumbens. Behavioural brain research, 329, 221-228.
    https://doi.org/10.1016/j.bbr.2017.04.035
  5. Hare, T. A., Camerer, C. F., & Rangel, A. (2009). Self-control in decision-making involves modulation of the vmPFC valuation system. Science, 324(5927), 646-648.
    https://doi.org/10.1126/science.1168450
  6. Neff, K. D. (2003). The development and validation of a scale to measure self-compassion. Self and identity, 2(3), 223-250.
    https://doi.org/10.1080/15298860309027
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