笑顔を見ると良い気持ちになる?人の情動の伝染について

笑顔を見ると良い気持ちになる? 人の情動の伝染について

グループに1人でもイライラした人がいると、グループ全体の空気が悪くなる、あるいは、グループの中に1人でも非常に明るい人がいると、グループ全体の空気が良くなる。そのような経験をしたことがある人も多いのではないでしょうか。また、有名人の自殺がメディアで報道されると、そのあとを追うように自殺者が増えるという「ウェルテル効果」と呼ばれる現象も存在しています。
このように、それがポジティブなものであれネガティブなものであれ、ある人の強い情動というものは周囲の人の情動に同じ方向性の影響を与えると考えられています。この現象は、心理学領域では「情動伝染(Emotional Contagion)」と呼ばれています。今回のコラムでは、この情動伝染について考えていきたいと思います。

情動伝染と共感

さて、周囲の人が悲しんでいるときに悲しみの情動を表す、あるいは周囲の人が喜んでいる時に喜びの情動を表す傾向の強い人は、一片的には「共感性が高い」と呼ばれたりします。この「共感」と、さきほどの「情動伝染」はどのような異同があるのでしょうか。
まず、共感には大きく分類して「認知的共感」と「情動的共感」が存在しています。「認知的共感」は「相手の情動的状態を認識すること」とされており、例えば相手の微細な変化に気が付いて「なにかあった?」などと声をかけることができる人はこの認知的共感の力が強いと言えるでしょう。
次に、「情動的共感」は「相手と同じ情動的状態を経験すること」とされており、こちらはおそらく一般的な用法における共感と近しい意味を持っているかと思います。悲しんでいる人によりそって一緒に悲しむことができるような人は、この情動的共感の力が強いと言えるでしょう。
情動伝染は、共感のなかで情動的共感と近しい概念であると言えます。実際、この2つを明確に区別するのは難しいでしょう。強いて区別するのであれば、情動的共感という言葉の主体はあくまでも周囲から影響を受けている特定の個人を指しますが、情動伝染という場合には個体間で情動が共有されているという現象に対する用語であるように考えられます。積極的に区別する理由もあまりないので、情動的共感と似たような概念であると捉えて問題ないでしょう(もしかすると、それぞれを専門に研究している方からは怒られるかもしれませんが……)。

「原始的」情動伝染

広義に情動伝染という場合には、情動が広く伝搬するという意味となるため冒頭に触れたようなウェルテル効果の例のように、マスメディアによる影響なども含まれてきます。実際に、広い意味での情動伝染はメディア心理学などの分野でも研究の対象となっています。
一方、より「原始的(primitive)」な情動伝染として考えられているのが、他者の表情を認知することによって起こる情動伝染です。実際に、人は他者がその情動を表す表情をしているのをただ見るだけで、その表情と同じ情動的経験をするということが知られています(1,2)。喜びの表情を見るだけで喜びの情動を経験する、怒りの表情を見るだけで怒りの情動を経験する、と聞くと単純さのあまり笑ってしまいそうになりますが、少なくとも統計的な傾向としてそのような現象が確認されているようです。
この原始的情動伝染が生じる原理についてはいくつかの仮説が考えられていますが、最もキャッチーなものは表情フィードバック仮説にその背景を求めるものでしょうか。表情フィードバック仮説とは、特定の情動を表す表情を作ることによって、その表情と同じ情動を経験するという考えです。人が他者の表情に暴露されると、その表情の微細な模倣が生じ、模倣された表情がフィードバックされることによって暴露された表情と同じ情動状態を経験するようになる、とするのがこの考え方に基づく原始的情動伝染への説明です。
心理学領域で非常に有名な表情フィードバック仮説に原理の背景を求めること、さらには表情フィードバック仮説のもとになっている「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」で有名なジェームズ・ランゲ説とのつながりなど、人の情動体験の原理的解明という視点から見ると原始的情動伝染は非常に興味深い現象であると言えます。
しかし、表情フィードバック仮説自体が2016年の大規模な検証によって一部再現性に疑問が呈される(3)など、いまだ明らかとなっていない点も大きいのが現状です(この再現実験の著者も述べているように、表情フィードバック仮説そのものが否定されたわけではありません)。

原始的情動伝染の普遍性

我々の素朴な経験からくる印象として、喜びの表情を見たから喜びを感じる、というようなことに素直に同意できるのは、それこそ情動的共感の力に優れた方々だけでしょう。本コラムの著者のようなひねくれ者は、そのような現象に対して疑問を抱かずにはいられません。喜びの表情が人を喜びの情動に導くというのは、ともすれば喜び表情がすべての人にとってポジティブな刺激であると述べられているように感じてしまうためです。
例えば、人から評価される可能性のある場面で極度の不安や恐怖を感じてしまう、社交不安と呼ばれるような方々にとってはどうでしょうか。人とのコミュニケーションに不安や恐怖を抱える人にとって、人の表情という刺激は種類によらずネガティブなものと認識されても不思議ではありません。社交不安症状を呈する方に対して、表情画像を指示通りに拡大(接近)あるいは縮小(回避)させる先行研究の結果からは、少なくとも能動的な行動の観点からは、社交不安症状を示す人は喜びの表情であっても回避的な反応をする傾向があることがわかっています(4)。
こうした表情そのものについての認識の個人差なども考えていくと、原始的情動伝染という現象が普遍的に生じるものであるのかについても考える必要がでてきそうです。残念ながら、古典的情動伝染と個人の精神的な特徴などとの関連性は、情動伝染の原理と同じく、いまだ明確になっているわけではありません。今後研究が進んでいけば、我々が他者とのコミュニケーションの際などに感じる情動的変化について、より詳細がわかってくるかもしれません。

まとめ

今回は情動伝染、特に実験系の文脈で扱いやすい原始的情動伝染について記述させていただきました。現象そのものの単純さもあり、これがすぐに大きな影響をもつなにかにつながるわけではありませんが、「特定の刺激によって人の情動に影響を与える」という特性上、製品のマーケティングなどではひろくつかいどころのある概念かもしれません。本コラムを通して、ご興味をもっていただけましたら幸いです。

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引用文献

  1. Hatfield, E., Cacioppo, J. T., & Rapson, R. L. (1994). Emotional contagion. Cambridge University Press; Editions de la Maison des Sciences de l’Homme
  2. Dimberg U, Thunberg M. Empathy, emotional contagion, and rapid facial reactions to angry and happy facial expressions. Psych J. 2012 Dec;1(2):118-27. doi: 10.1002/pchj.4. Epub 2012 Aug 12. PMID: 26272762.
  3. Wagenmakers, E.-J., Beek, T., Dijkhoff, L., Gronau, Q. F., Acosta, A., Adams, R. B., Jr., Albohn, D. N., Allard, E. S., Benning, S. D., Blouin-Hudon, E.-M., Bulnes, L. C., Caldwell, T. L., Calin-Jageman, R. J., Capaldi, C. A., Carfagno, N. S., Chasten, K. T., Cleeremans, A., Connell, L., DeCicco, J. M., . . . Zwaan, R. A. (2016). Registered Replication Report: Strack, Martin, & Stepper (1988). Perspectives on Psychological Science, 11(6), 917–928.https://doi.org/10.1177/1745691616674458
  4. Heuer K, Rinck M, Becker ES. Avoidance of emotional facial expressions in social anxiety: The Approach-Avoidance Task. Behav Res Ther. 2007 Dec;45(12):2990-3001. doi: 10.1016/j.brat.2007.08.010. Epub 2007 Aug 19. PMID: 17889827.
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