知能に関する暗黙理論

人の知能について、大まかに二つの考え方があります。一つ目は後天的なもので、鍛錬を重ねて向上できるという考え方。そして二つ目は生まれつきのもので、誰にでも得意と不得意なことがあるという考え方。Dweck(1)は前者を増加理論(incremental theory)、後者を実体理論(entity theory)と定義し、その二つの理論は合わせて「知能に関する暗黙理論」(implicit theories of intelligence、時に「暗黙理論」に略称される)と呼ばれています。
暗黙理論と呼ばれる理由は、人間の知能発達に関する理論ではなく、人が自分と他人の知能に関して、こころの中に抱いている信念に関する理論であるためです。人は自分と他人の知能についてどのような信念を抱いているかにより、自分が努力する動機づけと他人に対する評価基準が大きく変わります。今回のコラムでは、この暗黙理論についてご紹介します。
「増加理論」と「実体理論」とは
簡単にいえば、「増加理論」とは、人の能力(知能に関する能力)は増大させることができるものという考え方です。それに対して、「実体理論」は人の能力は固定的で変えることができないものと扱っています(2)。増加理論を持つ人間は、自ら困難な課題を探し、失敗後にも努力を続けるような熟達志向性(mastery-oriented)を持ち、自分の能力の向上そのものを追求する学習目標(learning goals)を持ちやすいと言われています。一方で、実体理論者は自分の能力に関する肯定的な評価を得ることを追求する遂行目標(performance goals)を持ちやすいとされています(3)。
職場における「増加理論」と「実体理論」
個人が持ついずれかの暗黙理論によって原因帰属の方法にも影響を与えると言われています。学習場面において、増加理論を持つ人は、成績の停滞を自分の努力不足などに帰属し、努力を継続させることができます。一方で、実体理論を持つ人は、成績の停滞を自分の能力の低さに帰属し、努力を継続できなくなることが知られています(2,3)。自分の評価だけでなく、他人を評価する場合も、実体理論者は増加理論者に比べ、その結果の原因を、他者の努力ではなく能力に帰属する傾向が強いことがしばしば示されています(4)。
上記の先行研究の知見から、増加理論を持つ人間は実体理論を持つ人間とくらべて、粘り強くて「頑張り屋」のイメージが強くなります。そして「増加理論を持つ人間はより優秀」と結論を付けやすいですが、最近の研究結果によると、そうとは言い切れません。相田・村本(5)や鈴木・村本(6)は、複数ある課題のどれかで高いアウトプットを目指す場面で、増加理論者ははじめに割り当てられた課題に局所的に努力を注入してその能力の向上を目指す課題熟達方略をとり、実体理論者は複数ある課題の中から自分に合った課題を探そうとする適性探索方略をとると主張しています。
また、今瀧・相田・村本(7)は、実体理論的な考え方が他者評価に際してポジティブな効果をもたらす場合があると証明できました。具体的には、ある成員が課題の遂行に失敗する状況をリーダーに見せた後、増加理論をもつグループリーダーは失敗の原因をその成員の能力に帰属しない、そして別の成員が取り組んでも成績を挙げることはないと考えていたため、同じ成員に課題遂行を継続させる傾向が強かったです。そのため、困難なタスクや課題を遂行しようとする場合、担当者を交代するタイミングを見極めることができず、結果的により多くの時間をかけました。それに対して、実体理論を持っているリーダーは、ある部下が失敗した場合、その部下がこのタスクとの相性が悪いと判断し、すぐ他の部下にこのタスクを割り当てて、結果的にグループ全体がより柔軟に課題に適応できました。
まとめ
実験心理学の実験研究は、一定の時間・回数で被験者に一種の課題を行わせる研究が多いです。教育現場でも、共同作業はありますが、最終目的は能力の向上そのもので、失敗を恐れずに挑戦することが評価されます。一方、職場では効率よく目標を達成することが重要で、失敗した時の責任は重くなります。そのため、「頑張ればできる」の信念を持つ増加理論者は一般的に望ましい人材と思われますが、実務の現場において、自分に適した仕事を見つけることを重視する実体理論者の方が適応性は高いと言えます。さらに、組織のリーダーとして適材適所に仕事を割り当てることも重要です。一方で、人材育成の視点から、失敗を恐れず頑張る人にチャンスを与え、成長させることも重要な課題です。「実体理論」と「増加理論」それぞれの信念を持っている部下・従業員にどのようなタスクを振り分けるか、企業の経営者や管理者にとって重要な課題となります。
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引用文献
- Dweck, C. S. (1986). Motivational processes affecting learning. American Psychologist, 41, 1040-1048.
- Dweck, C. S., & Leggett, E. L. (1988). A social-cognitive approach to motivation and personality. Psychological Review, 95(2), 256–273.
- Dweck, C. S. (2006). Mindset: The new psychology success. New York, NY: Random House.
- Rattan, A., Good, C., & Dweck, C. S. (2012). “It’s ok=Not everyone can be good at math”: Instructors with entity theory comfort (and demotivate) students. Journal of Experimental Social Psychology, 48, 731-737.
- 相田直樹・村本由紀子(2016).暗黙理論が複数課題選択時の努力配分戦略に及ぼす影響.日本社会心理学会第57 回大会, 関西学院大学.
- 鈴木啓太・村本由紀子(2017).暗黙理論による課題選択方略の検討―課題難易度に対する柔軟性に着目して―.日本社会心理学会第58 回大会, 広島大学.
- 今瀧夢・相田直樹・村本由紀子(2018).リーダーの暗黙理論がチーム差配に及ぼす影響―失敗した成員に対する評価に着目して―.社会心理学研究, 33, 115-125.
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