長く使うことで深まる感性:製品ユーザーの心をどう捉えるか

長く使うことで深まる感性:製品ユーザーの心をどう捉えるか

身の回りに、古くなっても手放せないお気に入りのモノはありませんか?例えば何年も使い込んだマグカップや腕時計には、新品にはない愛着や安心感を覚えることがあります。使い始めた当初はただの「モノ」だった製品が、長く付き合ううちにまるで親しい友人のように感じられることさえあります。なぜ私たちは長年使った製品に特別な思いを寄せるのでしょうか。また、そのような感性的な評価を科学的に捉えるにはどうすればよいのでしょうか。本コラムでは、心理学、神経科学、感性工学の視点から、製品を長く使う中で生まれるユーザーの感性とは何か、それがどのように形成され、どのように科学的に評価できるのかを探っていきます。あわせて、感性評価の難しさや今後の展望についても考察します。

感性とは何か?その多様な側面

「感性」とは一般に、人が物事に対して抱く主観的な感じ方や情緒的反応を指します。製品に対する感性には、「使いやすくて満足だ」「デザインが美しくて好きだ」「この品に愛着がある」など様々な側面があります。日本発の感性工学の分野では、感性を製品に対する顧客の心理的な感情およびイメージを意味すると定義しています(1)。つまり製品を見たり使ったりすることで生じる快・不快、美しさや心地よさ、親しみといった心理的な評価全般が感性に含まれます。この感性は一面的ではなく、多層的に捉えることができます。たとえば認知科学者のドナルド・ノーマンは、製品に対する人の反応を本能的なレベル・行動的なレベル・内省的なレベルの三層に分けています(2)。本能的なレベルでは、製品の見た目や触った感じなど感覚的な快・美しさが重視され、行動的なレベルでは使い勝手や機能による満足感が評価されます。さらに内省的レベルでは、その製品にまつわる思い出や所有することの誇りといった高次の意味づけが関わってきます。例えばあるスマートフォンが「見た目がおしゃれ」で(本能的レベル)、使っていて「便利で楽しい」と感じ(行動的レベル)、さらに「自分のライフスタイルに欠かせない相棒だ」と思えるなら(内省的レベル)、その製品は多面的な感性価値をユーザーに提供していると言えるでしょう。このように感性とは、美的な好みから使用満足、さらには愛着や思い出に至るまで、多様な側面を持つ概念なのです。

長期使用が感性に与える影響

製品との関係は時間とともに変化します。購入直後には新鮮さや興奮が大きく、ユーザーは強い関心や喜びを感じるでしょう。しかし使い続けるうちに人はその製品に慣れ、最初の新鮮味は薄れていきます。身近ではスマートフォンなどで経験しやすい現象で、最初は目新しかった機能も日常になるにつれて当たり前になってしまいます。一方で親しみや安心感は長期使用によってむしろ増すことがあります。頻繁に使う製品ほど手になじみ、使い方を考えなくても体が覚えている状態になり、まるで「自分の一部」のように感じられることもあります(3)。また、長年使った製品はユーザーにとって生活の一部となり、「それがそこにあること」自体に落ち着きを覚えるようになります。例えば、毎日同じ腕時計をつけている人は、時計を忘れて外出すると落ち着かない、といった経験はないでしょうか。このように長期使用によって、製品に対する感性は初期の興奮から習慣的な安心感へと質的に変化していくのです。
また、長く使うほど、その製品にはユーザー個人の思い出が刻まれていきます。誕生日にもらったペンや旅先で買ったマグカップなどは、その物自体以上にそれにまつわる人や場所の記憶と結びついて特別な存在になります。研究によれば、製品に対する愛着を深めるには製品と共に積み重ねられた記憶が重要な役割を果たすといいます(4)。実際、デザイナーにとっても「ユーザーが思い出を蓄積できる体験を提供すること」が長期的な愛着を高める有望な戦略だと指摘されています。例えば家族や友人との楽しい出来事にその製品が関わっていればいるほど、その製品を見るたびに記憶がよみがえり、手放せなくなるでしょう。また長年の使用による傷や古びた風合いも、ユーザーにとっては大切な思い出の“勲章”になります。革製の財布に刻まれた擦り傷が「昔旅行先で転んだときについた傷だ」と思えば、その傷すらも愛おしく感じられるものです。実際、素材によっては使い込むほど味が出るものもあり、こうした経年変化が製品の魅力を損なうどころかかえって所有者との歴史を感じさせて豊かさを与える場合もあります。デザイン評論家のvan Hinteは、「時を経て風格を増す素材」を用いることで、使用の痕跡が製品の美的魅力に昇華しうると述べています(5)。もっとも全ての製品がいつまでも愛されるわけではなく、多くの製品では時間の経過とともに感性価値が薄れ手放されてしまうのも事実です。機能が陳腐化したりデザインが時代遅れになると、ユーザーの感性も冷めていくことがあります。それでも一部の製品は長い年月を経てもなお「かけがえのない存在」として大切に保持されます。それらには単なる物質的価値以上の愛着や物語が宿っているのでしょう。長期使用による感性の深化は、そうした特別なユーザー体験を生み出す鍵と言えます。

感性を測る多様な手法

ユーザーの感性という主観的なものを、科学的に評価するにはどのような方法があるでしょうか。まず伝統的によく用いられるのは主観的なアンケートやインタビューです。製品の使用後にユーザーに満足度やデザイン評価、愛着の程度などを尋ね、その回答を数値化する方法です。例えば「この製品が好きか?」を5段階評価させたり、製品に感じる印象を形容詞(例えば、「高級な」「親しみやすい」など)で選んでもらうといった方法があります。アンケートは手軽ですが、主観に依存するためその時々の気分や解釈によって結果が揺らぐ可能性があります。また本人が言語化しにくい微妙な感情は測りにくいという限界もあります。
客観的な評価方法としては、ユーザーの行動ログなどを用いて感性を推測する手法があります。例えば、製品の使用時間や頻度、操作パターンなどのログデータからユーザーの満足度や習慣度合いを推測する研究は数多くあります。スマートフォンアプリであれば、どの機能をどれだけ使っているかというデータは「ユーザーがその製品をどれほど気に入っているか」の間接的な指標になるでしょう。また、ECサイトでは閲覧履歴や購入履歴からユーザーの嗜好を分析し、好みに合った商品をレコメンドするなど、行動データから感性(好みや関心)を推定する試みが実用化されています。さらに、近年のIoT技術により、製品自体がセンサーでユーザーの使い方を記録したり、周囲環境を検知したりすることで、ユーザーの状態推定に役立てるケースも増えています。例えばスマートウォッチは日々の心拍や活動量を測定し、ユーザーがリラックスしているかストレスを感じているかを推定しますが、これを家電や車の操作データと組み合わせて「どんな時にユーザーが心地よさを感じているか」を解析するといった応用が考えられます。
人間の身体は感情に反応して変化するため、その生体反応を測定することでユーザーの感性を客観的に評価することもできます。心理生理学的アプローチでは、感情の高まりやリラックス状態に伴う生体指標を活用します。具体的には、緊張や興奮を感じるときに、発汗量を反映した皮膚電気反応、心拍変動や血圧の変化、瞳孔の拡大などが起こることが知られています。ポジティブな感情のときには顔の表情筋がわずかに笑顔のパターンに動き、ネガティブな感情では眉間にシワが寄るなど、表情から感情を推定する技術も発達しています。近年の研究では、脳波計測や脳血流計測によって脳の反応そのものを計測し、製品を使用中の興奮度や集中度、好意度合いを解析する試みもなされています。例えばユーザーがゲームをプレイしている際の脳波や心拍を機械学習で解析し、主観的な没入感との関係をモデル化する研究もあります(6)。生体反応は客観的であり、リアルタイムに変化を追跡できる点が強みです。事実、皮膚電気反応や心拍、脳波といった生体信号からユーザーの情動状態をリアルタイムに推定する試みは近年盛んに行われています。
製品を長く使ったときに生まれるユーザーの感性を評価するには、短期的な使用時とは異なる視点が必要です。長期使用によって生じる愛着や習慣化、記憶との結びつきといった感性は、単に「今どう感じたか」では測れないからです。例えば、製品との関係性の深まりを捉えるためには、「何年使っているか」や「修理してまで使いたいか」といった項目を含んだアンケートの活用が必要でしょう。また、ユーザー自身が語るエピソードを通して、製品に込められた記憶や意味づけを質的に分析するアプローチも有効です。こうした方法は、時間の経過とともに蓄積された「感性の変化と深化」を浮き彫りにすることができます。
行動ログの活用も感性の長期的な評価に力を発揮します。例えば、ある家電製品の使用頻度が年月とともに変化していないかを追跡したり、修理依頼や部品交換の履歴から「捨てずに使い続けたい」という態度の強さを読み取ったりすることができるでしょう。また、時間の経過によって操作スピードが向上していれば、その製品がユーザーにとって「身体に馴染んだ存在」となっている可能性もあるでしょう。こうした行動データは、長期使用にともなう「慣れ」「安心」「ロイヤリティ」などの感性を客観的に可視化する手がかりになります。
生体反応においても、長く使ってきた製品を目にした時に脳や身体がどのように反応するかを測ることで、情緒的な愛着や懐かしさといった感性を捉えることができます。例えば、昔から使っている時計を見たときに心拍が安定し、脳波にリラックスパターンが現れる場合、それはその製品がユーザーにとって心理的安全性を提供していることを示唆します。さらに、初期使用時と現在とで生体反応の変化を比較することで、「使い続けたことで感性がどう変化したか」を可視化する研究も今後期待されます。

感性評価の難しさと展望

ユーザーの感性を測ろうとする際には、いくつかの本質的な難しさが立ちはだかります。第一に個人差の問題があります。何が美しいと感じるか、どんな時に愛着が湧くかは人それぞれです。ある人にとって心地よい刺激も、別の人には退屈かもしれません。これは遺伝的な気質の違いだけでなく、年齢・性別やこれまでの経験、価値観の違いによっても生じます。同じ製品を使っていても、「ずっと飽きずに使える!」という人もいれば「すぐに飽きてしまった」という人もいるでしょう。このように主観的な感性は再現性が低く、一律の物差しで評価することが難しいのです。
第二に文化差や文脈の影響も無視できません。デザインに対する美的評価は文化によって異なる場合があります。たとえば色彩ひとつをとっても、ある文化では幸福の象徴である色が、別の文化では不吉と捉えられることがあります。また感情表現の仕方も文化圏ごとに特徴があり、製品を使ったときのリアクション(驚き方や喜び方など)にも違いが出る可能性があります。最近の大規模研究では、AIを用いて世界6カ国の人々の表情と感じている感情との関係を分析した結果、表情の意味には世界共通のパターンがある一方で、一部に文化固有の違いも存在することが示されました(7)。具体的には、人の表情から読み取られる感情の次元は少なくとも28種類に及び、そのうち21種類はどの文化でも共通して見られるものの、残りは文化によって解釈が異なるというのです。このように感情や感性の指標は一見普遍的なようでいて、実は背景文化や文脈によって変容します。そのため国際的に通用する感性評価尺度を作ることや、異なるユーザー層を等しく評価することは簡単ではありません。
第三に、測定そのものが感性に影響を与えてしまう恐れもあります。ユーザーにアンケートを実施すれば、その問いかけによってユーザーの意識が変化してしまうことがあります。また実験室で生体センサーだらけの状態で製品を使ってもらっても、普段のリラックスした使用感とは異なってしまうでしょう。つまり感性は文脈依存的で繊細なため、評価しようとした途端に本来の姿を捉えにくくなるジレンマがあります。
こうした課題に対し、今後の展望としてはAI技術の活用が挙げられます。機械学習は大量のデータの中から人間には見えにくいパターンを見つけ出すのが得意です。ユーザーの生体データや行動ログ、さらにはSNS上のレビューやコメントなど膨大なデータをAIで解析すれば、従来は捉えられなかった微妙な感性の兆候を検出できるかもしれません。例えば前述の表情解析のように、従来は6種類程度と考えられていた基本表情も、ビッグデータ解析により、精緻で多次元なモデルが構築されつつあります。さらに個人差や文化差についても、AIが各個人・各地域のデータに適応して学習することで、一人ひとりにカスタマイズされた感性推定が可能になるでしょう。あるユーザーにとっての「わくわく度」を、その人固有の生体信号パターンからリアルタイムに評価するといったことも、将来的には夢ではありません。

まとめ

長年使い込んだ製品に対して、私たちは単なる便利さ以上の特別な感情を抱くことがあります。本稿では、そのような製品ユーザーの「感性」について概観しました。感性とは美しさ・使い心地・愛着など多面的な要素から成り、人によっても文化によっても感じ方が異なる複雑なものです。そして時間の経過は感性に大きな影響を及ぼし、使い込むことで深まる愛着や記憶の蓄積が製品をかけがえのない存在へと昇華させる一方で、慣れや陳腐化によって興味が薄れることもあります。こうした感性を測るために、アンケートによる主観評価から行動ログ解析、さらには生体信号の計測まで多様な手法が活用されています。それぞれに利点と限界がありますが、組み合わせることで主観と客観の両面から感性を捉える精度が高まります。長く使うことで深まるユーザーの心を捉える科学は、まだ始まったばかりです。その先には、単に壊れにくいだけでなく「使うほどに愛着が増す製品」があふれる未来が待っているかもしれません。私たちの生活を豊かに彩るために、感性という人間らしさを科学的に追求する挑戦は続いていきます。

センタンでは、脳波や心拍、皮膚電気活動などの生体情報の計測・解析から、ヒトの状態や影響などを深く知るサポートを行っています。研究・開発支援(受託研究)生体データの利活用支援など様々な課題解決のサポート実績がございますので、興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽にお問合せください。

引用文献

  1. 長町三生 (1997).感性商品学 感性工学の基礎と応用.海文堂出版.
  2. Norman, D. (2007). Emotional design: Why we love (or hate) everyday things. Basic books.
  3. Schifferstein, H. N., & Zwartkruis-Pelgrim, E. P. (2008). Consumer-product attachment: Measurement and design implications. International journal of design, 2(3).
  4. Mugge, R., Schoormans, J. P., & Schifferstein, H. N. (2005). Design strategies to postpone consumers’ product replacement: The value of a strong person-product relationship. The Design Journal, 8(2), 38-48.
  5. Van Hinte, E. (2004). Eternally yours: Time in design: Product, value, sustenance. 010 Publishers.
  6. Baig, M. Z., & Kavakli, M. (2019). A survey on psycho-physiological analysis & measurement methods in multimodal systems. Multimodal Technologies and Interaction, 3(2), 37.
  7. Brooks, J. A., Kim, L., Opara, M., Keltner, D., Fang, X., Monroy, M., … & Cowen, A. S. (2024). Deep learning reveals what facial expressions mean to people in different cultures. Iscience, 27(3).
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