2024.07.11

見ていたはずなのに・・・覚えていない

見ていたはずなのに覚えていない

皆さんは、オフィスや学校で自分の席から最も近くにある消火器の位置をすぐに言えるでしょうか?一般的に消火器は、火事の際にできるだけ早く使えるように分かりやすい位置に目立つような色で設置されていると思いますが、多くの人は正確に位置を答えることができなかったという調査結果があります(1)。実はこの他にも、普段から繰り返し見ていて知っているはずのものを正確に思い出せないといった例はたくさんあります。今回は、この「見ていたはずなのに、覚えていない」という現象について探っていきたいと思います。

何度も見ているのに思い出せない例

冒頭でご紹介した消火器の例(1)では、大学の学生や職員など54名に対して大学構内で調査が行われましたが、最も近い消火器の位置を正しく回答できたのは13名にすぎませんでした。最も近くの消火器ではないが位置を回答できた人も8名だけで、多くの人は消火器の位置を覚えていませんでした。またオフィスや研究室を使用していた年数と、正答できたかの間に関連性は見られませんでした。対象者に実際に消火器を見つけてもらうと大多数の人はすぐに発見できましたが、半数以上の人がその場所に消火器があることに初めて気がついていました。消火器は目立つ色で目に入るような場所に設置されており、普段から何度も目に入っていたと考えられますが、記憶される可能性は低い結果となりました。これは、消火器自体が実際に使用する機会はほとんどないので、日常生活には不要な情報とみなされ、記憶する処理が行われなかったと考えられます。

しかし、普段から使用したり物理的に接触していたりするものでも、正確に思い出せない例は多く存在します。例えば、よく利用するエレベーターのボタンのレイアウトを描いてもらうと、多くの人は正確に再現できませんでした(2)。実験結果によると、最後にエレベーターを利用してからの経過時間が短い人や、普段から頻繁にエレベーターを利用する人ほど、正確にレイアウトを再現できる傾向がありました。また、複数のレイアウトの中から正しいものを選んでもらうようにすると、あてずっぽうに選ぶ場合よりも正答率は高くなっていました。このことから、再現できるほど明確に思い出せなくても、記憶の処理か行われていないわけではなさそうです。

さらに他の例として、パソコンのキーボードの配置があります(3)。キーボード操作に慣れていて正しくキー入力できる人でも、各キーの配置を正確にすぐに思い出すのが困難であることが示されました。この例は、運動に関わる記憶と視覚的な記憶の乖離を示唆しており、さらに必要なことはしっかりと記憶するが不要なものは記憶しないという傾向があることを示唆しています。
上記の他にも、自国や周辺国の国旗(4)や道路標識(5)、街の記念碑(6)など親近性があるものや、アップル社のロゴ(7)といったシンプルなものも、繰り返し見ているはずにも関わらず正確には記憶していないということが実験により示されています。

ここで述べたようなものの例の多くは日常生活を送る上で、細部まで詳細に覚えておく必要のないものと考えられるので、思い出せなくても特に問題はありません。覚える必要のない情報はわざわざ記憶しないという立場からみれば、細かい部分まで再現できるほど記憶しないのは理にかなっていると考えられます。

なぜ記憶されていないのか

前段の例は、明瞭に思い出せるように記憶するには、対象が視野に繰り返し入るだけでは足りないことを示しています。このようなことが起こる理由として、視野の中にあるが注意が向いていないことにより出来事や対象を認識や知覚できない非注意性盲目(inattentional blindness)(8)や、対象を知覚しているが注意が向いていないことによりすぐに忘れてしまう非注意性健忘(inattentional amnesia)(9)などが関係していると考えられます。これらの機能を考えると、明確に思い出せるように記憶するには、意図的に注意を対象に向ける必要がありそうです。

不要な情報が認識されたり記憶されたりしないようにするのは、脳の情報処理や記憶のリソースを効率的に使うために適切な戦略であると考えられます。しかし、消火器の例のように、火事が起こる可能性は非常に低いが必要時に場所がわからないというのは命に関わります。また、企業にとっても莫大な広告費をかけてロゴや製品を人々の目に触れるようにしても、あいまいにしか記憶されないのでは売上に関わる可能性があり、企業存続の危機につながります。そのため、火事の際すぐに使えるように消火器の位置を覚えてもらったり、企業がロゴや広告をできるだけ明確に記憶してもらいたい場合には、単に視界に触れる回数を増やすだけではなく、注意を向けて見てもらうための策略が必要と考えられます。

まとめ

このように普段から視界に入っていたり、何度も見ていたりしていても、明確には覚えていないものは、身の周りにあふれていると思われます。何をどれだけの精度や細かさで記憶するというのは、自分と対象物との関係性や重要性など様々な要因によって決まっているのかもしれません。最近では、本物によく似せた詐欺サイトやコピー商品などがあふれていますが、このようなものに騙されてしまうのも人が細かなところまで覚えていないことが一因かもしれません。消火器を使うような緊急時の対応や、偽物に騙されないようにしたりするためにも、人は細かくは覚えていないということを認識して、いろいろと再確認しておくと良いでしょう。また、自分が好きなものに対しても、どれくらい細かく記憶しているかを自分で試してみると、思ったより覚えていないことがわかり、それによって今まで見えてなかった側面をはっきりと認識して、新たな気づきがあるかもしれません。

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引用文献

  1. Castel, A. D., Vendetti, M., & Holyoak, K. J. (2012). Fire drill: Inattentional blindness and amnesia for the location of fire extinguishers. Attention, Perception, & Psychophysics, 74, 1391-1396.
  2. Vendetti, M., Castel, A. D., & Holyoak, K. J. (2013). The floor effect: Impoverished spatial memory for elevator buttons. Attention, Perception, & Psychophysics, 75, 636-643.
  3. Snyder, K. M., Ashitaka, Y., Shimada, H., Ulrich, J. E., & Logan, G. D. (2014). What skilled typists don’t know about the QWERTY keyboard. Attention, Perception, & Psychophysics, 76, 162-171.
  4. Blake, A. B., & Castel, A. D. (2019). Memory and availability-biased metacognitive illusions for flags of varying familiarity. Memory & Cognition, 47, 365-382.
  5. Martin, M., & Jones, G. V. (1998). Generalizing everyday memory: Signs and handedness. Memory & Cognition, 26, 193-200.
  6. Montoro, P. R., & Ruiz, M. (2022). Incidental visual memory and metamemory for a famous monument. Attention, Perception, & Psychophysics, 84(3), 771-780.
  7. Whatley, M. C., Schwartz, S. T., Block, J. B., & Castel, A. D. (2023). Memory, metamemory, and false memory for features of the A pple logo. Applied Cognitive Psychology, 37(5), 904-918.
  8. Simons, D. J., & Chabris, C. F. (1999). Gorillas in our midst: Sustained inattentional blindness for dynamic events. perception, 28(9), 1059-1074.
  9. Wolfe, J. M. (1999). Inattentional amnesia. Fleeting memories, 17(5).
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