主観指標(アンケート調査)の注意点
以前に、「人の状態をどのように捉えるか」と題して、人の状態を測定するための3つの指標として主観指標、行動指標、生理指標を紹介させていただきました。今回は、この3つの指標の中でも主観指標、つまりアンケートなどによる自記式の質問紙調査を取り上げ、こうした調査を実施するうえで注意が必要と考えられる事柄をいくつか挙げていきたいと思います。
「人の状態をどのように捉えるか」のコラムでも記載したように、主観指標による調査は行動指標や生理指標を用いたものと比較すると実施が容易であり、低コストで大規模な調査を行うことができる点から、おそらくは最も採用されている調査方法でしょう。しかしながら、中にはこうした質問紙調査に関する十分な知識を持たずに実施された調査もあり、実際に見たいものを上手く見ることができていないことも多いです。本稿を通して、今一度主観指標による調査の信頼性、妥当性を見直す契機となれば幸いです。
社会的な望ましさ
主観指標による調査であるということは、つまりはその調査の回答者(被験者)がほぼ完全に意図的に自らの回答を制御できるということを意味しています。この点が行動指標や生理指標とは異なる点であり、しばしば主観指標による調査の妥当性に疑問符がつくポイントでもあります。被験者が自らの回答に自覚的であり、それを制御できるということは、本来調査で知りたい真の態度や状態とはまったく異なる回答を行うことも可能であるということになるからです。
このような真の状態とかけ離れた回答は、なにも被験者の悪意によってのみ成立するものではありません。通常、我々は他者に対して自分を社会的に望ましく見せるように振る舞う傾向を有しています。例えば、ほかに誰もいない状況で歩行者信号を無視する歩行者と、衆目の前で歩行者信号を無視する歩行者では、前者の方が多いだろうというのは直感的に伝わることかと思います。これは主観指標による調査でも同様であり、特に被験者の人格や性格とかかわるような内容について質問する際には、上記のような傾向が影響している可能性を考慮するべきです。
このような社会的望ましさをある程度統制する方法はいくつか考えられます。
1つ目は、「社会的には望ましいが多くの人には達成困難な行動」について聞き、その項目についてそのような行動をすると回答した被験者については分析からの除外を検討するという方法です。例えば、「日本経済新聞は毎日すべての記事に目を通している」「困っている人がいれば必ず積極的に手を差し伸べている」などの項目が考えられます。いくつかの項目を差し込むだけなので、全体として被験者の負担があまり増えないのが魅力ですが、測定の妥当性という観点からはやや疑問も残ります。
2つ目は、社会的望ましさを測定する質問紙を同時に取得してしまうことです。社会的望ましさの傾向を測定する質問紙も存在しており(1)、このような質問紙を用いることである程度妥当な測定が期待できますが、質問紙を1つ追加するという関係上、どうしても被験者の負担や実施のコストは増加してしまうのが懸念点でしょうか。
不誠実回答
さて、社会的望ましさは自分をよりよく見せたいという人間的には非常に共感できる動機によって生じるものと説明しましたが、同じく我々は面倒事を手早く済ませたいという動機も持っています。特に、その行為が自分に直接的なメリットをもたらさない、手を抜くという行為への罰則が存在しない、というような状況下では、それなりに多くの人が自身の労力を最小化しようと行動するはずです。こうした動機によって発生するのが、質問項目すべてに同じ回答を行う(例:すべての項目に1をつける)、1,2,3,4,5,4,3,2,1,..など機械的・規則的な回答を行うといった不誠実回答です。
不誠実回答は明らかに調査にとっては有害な行為なのですが、あくまでも真面目に答えた結果偶然にそのような結果になったという可能性を排除できないため分析者としては取り扱いに困る回答パターンです。このような回答パターンを検出するために、IMC(Instructional Manipulation Check)項目と呼ばれる項目を追加することがあります(2)(3)。
IMC項目は、例えば「この項目には5と回答してください」「この項目には回答しないでください」といった、回答に対する指示が直接記載されている項目を指します。このような項目の指示に対する被験者の順守を評価することで、不誠実な回答を行っていた可能性について検討することが可能です。
ちなみに、行動経済学の有名な実験で、こうした主観指標などによる調査の最初に「私はこのアンケートに誠実な回答を行います」といった項目を用意し、そこに「はい」と回答させることで誠実な回答を行う可能性が上昇するという現象についての研究が存在しています(論文が撤回されているため引用は省略します)。このような効果が本当に存在しているのであれば不誠実回答に対する有効な方法になり得そうですが、残念ながらこの研究は再現に失敗し(4)、その後データの捏造疑惑により撤回されています。同様に、同じ研究グループによる類似の研究も再現性が否定されているため(5)難しそうです。
自分の状態についての無理解
社会的望ましさについても、不誠実回答についても、ある程度被験者は自覚的に問題となりうるような回答を行っていたわけですが、被験者自身の自覚がなく調査で知りたい真の状態とはかけ離れた状態を回答してしまうこともあります。これは、被験者が自分の状態について正確に把握できていない場合に起こり得ます。我々は、自分のことは自分が一番よくわかっていると考えがちですが、実際にはそれが正しくないことも多いわけです。
例えば、今や多くの人がうつ病という精神疾患はおそろしいものだという考えには同意していただけると思いますが、このうつ病という精神疾患の診断に、必ずしも本人の抑うつ気分が必須ではないということはご存知でしょうか。精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5-TR)では、本人の主張あるいは外部からの観察によるほとんど1日中・毎日の抑うつ気分というのは、5つ以上を満たす必要がある9つの条件のうちの1つでしかなく、自覚的な気分の低下を示さないうつ病も存在しているわけです(6)。
このように、我々は自身の正確な状態について常に把握できているわけではなく、どんなに誠実な回答を行おうとしても完全に客観的な情報を提供できるわけではありません。これについては、先ほど紹介した社会的望ましさや不誠実回答とは異なり、主観指標による調査の枠組みの中で対応しようとするのは難しい問題です。このような理由から、時に大きなコストをかけてでも、行動指標や生理指標と組み合わせた総合的解釈が推奨されていると言えます。
まとめ
本稿では、主観指標による調査で注意が必要な点を3つほど取り上げさせていただきました。これ以外にも、細かい話をすれば質問紙全体の構成や各項目の文章、収集したアンケートの分析方法についてなど多くの注意点が存在しています。行動指標や生理指標とは異なり、アンケートは非専門家であっても容易に作成自体はすることができるものですが、意味のあるデータを集めるためには専門的な知見も必要となってくることが多いでしょう。
センタンでは、主観指標、行動指標、生理指標それぞれについて専門的知見からのアドバイスが可能です。研究・開発支援(受託研究)や生体データの利活用支援など様々な課題解決のサポート実績がございますので、興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽にお問合せください。
引用文献
- 谷 伊織, バランス型社会的望ましさ反応尺度日本語版 (BIDR-J) の作成と信頼性・妥当性の検討, パーソナリティ研究, 2008, 17 巻, 1 号, p. 18-28, 公開日 2008/10/24, Online ISSN 1349-6174, Print ISSN 1348-8406, https://doi.org/10.2132/personality.17.18
- 三浦 麻子, 小林 哲郎, オンライン調査における努力の最小限化が回答行動に及ぼす影響, 行動計量学, 2018, 45 巻, 1 号, p. 1-11, 公開日 2018/11/03, Online ISSN 1880-4705, Print ISSN 0385-5481, https://doi.org/10.2333/jbhmk.45.1
- Daniel M. Oppenheimer, Tom Meyvis, Nicolas Davidenko, Instructional manipulation checks: Detecting satisficing to increase statistical power, Journal of Experimental Social Psychology, Volume 45, Issue 4, 2009, Pages 867-872, ISSN 0022-1031
- Kristal AS, Whillans AV, Bazerman MH, Gino F, Shu LL, Mazar N, Ariely D. Signing at the beginning versus at the end does not decrease dishonesty. Proc Natl Acad Sci U S A. 2020 Mar 31;117(13):7103-7107. doi: 10.1073/pnas.1911695117. Epub 2020 Mar 16. PMID: 32179683; PMCID: PMC7132248.
- Verschuere B, Meijer EH, Jim A, et al. Registered Replication Report on Mazar, Amir, and Ariely (2008). Advances in Methods and Practices in Psychological Science. 2018;1(3):299-317. doi:10.1177/2515245918781032
- American Psychiatric Association : Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed, Text Revision (DSM-5-TR). American Psychiatric Publishing, Washington DC, 2022
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