職場の心理学[3]:職場のジェンダー

職場の心理学[3]:職場のジェンダー

前回「職場の心理学[2]:内集団と信頼」で述べたように、人はささいなことで他人を「我々」(内集団)と「彼ら」(外集団)にカテゴリー化しています。そのささいなことの中で、「性別」は人をカテゴリー化する大きな基準の一つになっています。「男性」と「女性」に分類し、そのグループ間で行われている対人行動(人が他の人に示す行動)には、男女それぞれのグループ間の特徴が存在し、その特徴とメカニズムは学界で古くから研究・議論されています。本稿では典型的な男性グループと女性グループの特徴、そしてそれらの特徴が職場にもたらす影響、および社会心理学の見解を紹介します。

「性別」と「ジェンダー」

生物的な「性別」は遺伝子により決められていますが、これを英語では「Sex」と呼びます。そして「ジェンダー(Gender)」は、社会的・文化的な規範で定められた「性差」、つまり「社会的性別」をさします。ジェンダーは生まれてからの経験と学習により段々と築き上げたもので、自分のジェンダーについての認識は後天的なものです。
Bemが提唱したジェンダー・スキーマは、男性的・女性的という社会的性別に基づいてあらゆる情報をカテゴリー化(性別化)する認知的な図示です。

社会的性別に基づくカテゴリー化

この図示によれば、人は「社会的に男性・女性らしい特徴や行動を行う」ことで、「その社会において男性的・女性的であるべき姿」になるとされます。そこでBemは、生物的な性別(Sex)とジェンダーを照らし合わせて、ジェンダー・スキーマを両者が一致する性別化タイプ(sex-typed)、両者が相反するクロス性別化タイプ(cross-sex-typed)、両方の特性を持つ両性具有タイプ(androgynous)、そして明白な特徴を持たない未分化タイプ(undifferentiated)に分類しました(1)。
性別化タイプの人は、自分の性別と一致する社会的に「男らしい」もしくは「女らしい」特性を持って、それに「ふさわしい」言動を発します。一方で、クロス性別化の人は、男性でありながら「女らしい」言動を発するか、女性でありながら「男らしい」言動を発する。そして、両性具有タイプの人は、「男性らしい」と「女性らしい」特性を両方とも持ち、「男らしい」言動が多いが、「女らしい」言動も多いのが特徴です。最後に、未分化タイプの人は、「男らしい」言動の特性も、「女らしい」言動の特性も、どちらも少ない人を指します。

職場における「男性」と「女性」

ジェンダー・スキーマは人がジェンダーに関する情報を整理し、人の認知と行動に影響を与えています。個人レベルだけでなく集団の中でも、人は自身の「ジェンダー」に対する認識により行動をとります。

アメリカの社会言語学者Deborah Tannerは、「You just don’t understand: Women and men in conversation」(日本では「すれ違う女と男」に訳され、出版されました)の中で、集団内のコミュニケーションの男女の違いは、文化差ほど大きいと指摘しました。男性は集団のメンバーとの地位の格差を重視し、自分と「同格」と思う相手に助けを求めることを避けたい、また、メンバー同士の競争や挑戦を厭わないなどの傾向があります。それに対して女性は集団のメンバーとの共通点を大切にし、集団を結成するとき、他のメンバーとの共通点が多いほど集団の中心になりやすい、そして相手に共感をしやすいと同時に相手からの共感も望んでいるなどの特徴があります(2)。

Deborahは、このような「男性」と「女性」の特徴は、それぞれのメリットとデメリットがあると指摘しました。例えば、「男性グループ」の中の競い合いは、競争や衝突があってもグループの人間関係に傷がつく可能性が低く、共に向上させることができますが、メンバーに見縊られることを恐れ、意地を張り、助けを求めるタイミングが遅れることでグループ全体に失敗をもたらすことも少なくありません。一方で、「女性グループ」は、メンバー間の共感性が高いため結束力が高く、グループ内の助け合いも多い一方で、重要な異論を持っていても言い出しにくい特徴があります。

職場において、「男性グループ」と「女性グループ」はそれぞれの特徴を理解した上で、ポジティブな面を活用し、ネガティブな面を避けることは大事ですが、より大事な事は、他人のジェンダーアイデンティティを尊重することです。ジェンダーアイデンティティとは、男性的、女性的、もしくはそれ以外のどれに自分は該当する、という認識、つまり自分のジェンダー(社会的性別)に対するアイデンティティです。ジェンダーアイデンティティは、社会的・文化的な文脈により決められ、今までの経験に基づいて築き上げたものです。個人にとって当たり前のジェンダーアイデンティティは、他人からすると当たり前ではないこともあります。また、人、特に男性は自分の「ジェンダー」に対するアイデンティティが疑われ、否定された場合、プレッシャーを感じ、情緒不安定になり、やがて精神的な幸福感が下がることがあります。そうすると、男性は「男らしさ」を回復するため、感情のコントロールが低下し、より攻撃的な「男らしい」言動を使って、生産性が下がる「毒性男性性」というものを生じる傾向があります(3,4)。このように「性別」というラベルだけで他人を決めつけることは、トラブルの原因となります。

社会学と社会心理学の研究者らは、性別、特にジェンダー(社会的性別)に対して固定観念に基づいて他人に接するのではなく、誰もが自分のジェンダーに対するアイデンティティが認められていると感じられる職場文化を作ることで、すべての人に利益をもたらすと示唆しており、マネージャーやリーダーはそれを目指して努力すべきと提唱しました(5)。そこで、本稿で強調したいのは、ビジネスと雇用がグローバル化、多元的になってきた時代の中で、他人のジェンダーアイデンティティを尊重する為には、ジェンダーアイデンティティの多様性を理解することが重要と思われます。

まとめ

ほぼ全ての人間は集団の中で生活しています。職場は多くの人間にとって、滞在する時間が長く、内部・外部の人間とのコミュニケーションが多い上に、簡単に所属を変更できない集団です。職場では内集団のメンバーが団結して共同作業をする場面もありますが、互いに競い合う場面もあります。そこで職場という環境は、心理学と社会学、そして社会心理学の分野において、職場における人の行動と心理についてたくさんの知見を得られ、多くの計測・判定ツールが開発されてきました。職場の中でどのような立場・ポジションにいても、それらの知見とツールを正しく理解し活用できれば、居心地の良い職場環境を作ることができ、職場メンバーの幸福感と生産性の向上が期待できます。

引用文献

  1. Bem, Sandra (1981). “Gender schema theory: A cognitive account of sex typing”. Psychological Review. 88 (4): 354–364.
  2. De Francisco, V. L. (1992). Deborah Tannen, “You just don’t understand: Women and men in conversation”. New York: William Morrow & Co., 1990. Pp. 330. Language in Society, 21(2), 319–324.
  3. Prayitno, P.H., Norman, M.H., Annisya, A., Sulistyorini, A., Fibrianto, A.S. (2024). Factor Influencing of Toxic Masculinity on Young and Adult Productivity: A Systematic Review. In: Mansour, N., Bujosa, L. (eds) Islamic Finance. Contributions to Management Science. Springer, Cham.
  4. Barry J. (2023). The belief that masculinity has a negative influence on one’s behavior is related to reduced mental well-being. International journal of health sciences, 17(4), 29–43.
  5. Maryam Kouchaki, Keith Leavitt, Luke Zhu, Anthony C. Klotz. (2023). Research: What Fragile Masculinity Looks Like at Work. Harvard Business Review. https://hbr.org/2023/01/research-what-fragile-masculinity-looks-like-at-work
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