「あー、疲れた」を生体信号で測る

「あー、疲れた」を生体信号で測る

長い一日が終わって家に帰ると、何もする気が起きないほど疲れていることはありませんか?毎日の忙しいスケジュールやストレスが積み重なり、心身の疲労が溜まっているのを感じる瞬間は、多くの人が経験していることでしょう。このような場合は、身体が疲れたという感覚だけでなく、集中力やパフォーマンスが低下したり、いらいらした気分になったりすることがあります。日常生活で誰しもが感じるこの疲労は、みなさんの生産性や健康などに影響を及ぼす問題です。特に、生活環境や働く環境が急激に変化している現代社会では、疲労の発生原因やその影響はさまざまであり、疲労をしっかりと評価し、対処することが重要になってきています。そこで、今回は疲労とは何か、そしてその疲労をどのように評価することができるのかについて探ってみたいと思います。

疲労とは何か

疲労は、さまざまな側面を持つ現象です。単に「疲れた」と感じるだけでなく、認知的な能力やパフォーマンスの低下としても現れます。例えば、長時間のデスクワークや会議の後に感じる頭のぼんやり感や集中力の欠如は、精神的な疲労の一例です。また、人間関係のトラブルなどでイライラや不安感が生じて、やる気が低下するといった感情的な側面もあります。ここでは、先行研究(1)に沿って、疲労を3つのタイプに分けて説明します。

  1. 身体的疲労:長時間の身体活動や運動後に感じる筋肉の疲れや力の低下を指します。身体を使った仕事やスポーツ後に感じるものです。身体的疲労は、休息や睡眠によって比較的容易に回復することができます。
  2. 精神的疲労:長時間の集中やストレスによって引き起こされ、集中力や判断力の低下を伴います。精神的疲労は、身体的疲労と比べて回復が難しいことも多く、脳の働きに深く関係しています。
  3. 感情的疲労:持続する感情的なストレスや、感情的な要求が高い状況によって引き起こされる疲労感を指します。例えば、仕事での人間関係がうまくいかなかったり、仕事で過度な期待やプレッシャーに応え続けたりする必要がある状況などでは強いネガティブ感情が生じます。感情的疲労が長く続くと「燃え尽き症候群」につながることがあります。

わたしたちの日常生活でも、このようなさまざまなタイプの疲労を感じていますが、しっかりと評価して、うまく対処していかないと、疲労が取れなかったり、健康に悪い影響を及ぼすこともあります。では、疲労はどのように評価すればよいのでしょうか?それぞれの疲労のタイプに応じて、いろいろな評価方法が提案されています。
例えば、スポーツによる身体的疲労では、自分が感じる疲労感を質問紙(例えば、自覚的運動強度ボルグスケール)などの主観指標で評価したり、運動前後の筋力テストや持久力テストによりパフォーマンス(行動指標)の変化を比較したり、運動前後に生理指標の一つである血中の乳酸値を測ることにより評価したりします。
※評価指標については「人の状態をどのように捉えるか」のコラムもご覧ください。

精神的疲労や感情的疲労は、脳や自律神経系の働きに深く関与していますが、このコラムでは、脳や自律神経系に関わる生体信号を計測することによって、これらの疲労を評価する方法について見ていきます。

疲労を評価する方法:生体信号計測(脳波、心拍)について

脳や自律神経系に関わる生体信号である脳波や心拍の計測は、疲労の評価において重要な役割を果たします。まず、これらの生体信号計測技術について簡単にご紹介します。

  • 脳波計測

    脳波計測は、頭皮に配置した小さな電極を通じて脳の電気的活動を記録する方法です。脳は神経細胞が活動することで微弱な電気信号を発生しますが、これを頭皮の表面で検出し、増幅して記録します。脳波は、デルタ波、シータ波、アルファ波、ベータ波などの異なる周波数帯域に基づいて分類され、これらが異なる心理状態や脳の活動レベルを反映しています。例えば、アルファ波はリラックスした状態で多く現れ、ベータ波は集中している時や精神的に活発な時に増加します。脳波計を使用することで、例えば、どれくらいリラックスしているか、どれくらい集中しているかなどを評価することができます。
    また、感情状態や睡眠の質を評価するためにも使用されます。脳波計測は、医療の分野で広く利用されており、てんかんの診断や睡眠障害の評価に役立っています。さらに、最近では、ウェアラブル脳波計を用いることによって、日常生活でのストレス管理や集中力の向上などにも応用されています。
    このように、脳波計測は、わたしたちの脳の働きを理解し、健康やパフォーマンスの向上に役立てるための強力なツールです。

  • 心拍計測

    心拍数は、1分間に心臓が何回拍動するかを示す指標です。これは、運動中や休息時の身体の状態だけでなく、精神的な状態も反映します。例えば、緊張している時やストレスを感じている時に心拍数が上昇するのはみなさん経験したことがあると思います。逆に、リラックスしている時には心拍数が低下します。この心拍は一定ではなく、その間隔は毎回微妙に変わっています。心拍と心拍の間隔の変わり具合を数値化した指標として心拍変動(Heart rate variability)があります。心拍変動は、自律神経系、特に交感神経(緊張や活動を促進する神経)と副交感神経(リラックスや休息を促進する神経)のバランスを反映する重要な指標です。高い心拍変動(心拍と心拍の間隔の変動が大きい)は、体がリラックスしていてストレスが少ない状態を示し、低い心拍変動(変動が小さい)はストレスや疲労が多い状態を示します。
    心拍を計測するためには、いくつかの方法があります。病院の健康診断などでは、胸部や手足にセンサーを装着して、心臓の電気活動を直接検出する方法が用いられます。最近では、スマートウォッチなど手首に装着するデバイスの普及により、日常的な心拍数と心拍変動をモニタリングすることができるようになりました。また、カメラを使用して、顔や手の皮膚の色の微妙な変化を捉えて、心拍数や心拍変動を計測するrPPGという非接触モニタリングも可能になってきています。

脳波や心拍による疲労の評価

ここでは、脳波および心拍による疲労の評価に関する研究を、精神的疲労と感情的疲労に分けて紹介します。

  • 精神的疲労の評価

    精神的疲労は、前頭部(額よりも少し上の部分)のシータ波という6-7Hzの周波数を持つ脳波との関連性が指摘されています。Wascherらは、長時間の単調なタスクを行うと、前頭部のシータ波が増加し、パフォーマンスが低下することを報告しています(2)。この研究では、モニターに表示される複数の視覚情報に対して、決められたボタンを押すという反応タスクを4時間行った結果、視覚情報を見てからボタンを押すまでの時間は安定していたものの、間違ったボタンを押してしまうなどのエラーが増え、前頭部のシータ波が増加していました。精神的疲労が増えてくるにつれて、脳への負荷が高まり、それが前頭部のシータ波の脳波の増加として現れたと考えられています。
    また、Matuzらの研究(3)では、心拍変動が精神的疲労と関連していることが示されています。常に高い集中力を持続させておく必要があるタスクを1.5時間行っている際に、心拍を計測し、RMSSDという算出方法で心拍変動を数値化したところ、タスク遂行の時間が経過し、精神的疲労が増加するほど、RMSSDの値が増加し、リラクゼーションシステムとして働く副交感神経系の活動が活性化することが分かりました。精神的疲労が増えているのにリラックスしているというのは一見矛盾しているように感じますが、わたしたちの身体は精神的な疲労が蓄積されてくると、副交感神経系を活性化させ、なんとか回復させて元に戻そうとする働きをするようです。
    脳波(シータ波)と心拍変動(RMSSD)はそれぞれ精神的疲労との関係性は異なるものの、精神的疲労の度合いを評価する客観的指標になりそうです。

  • 感情的疲労の評価

    多くの脳波研究で、前頭部のアルファ波の左右非対称性(Frontal Alpha Asymmetry, FAA)が感情状態を反映していることが報告されています(4)。ポジティブな感情の時には、左前頭部と比較して、右前頭部のアルファ波が増え、逆に、ネガティブな感情の時には、右前頭部と比較して、左前頭部のアルファ波が増えます。Chesbroらの研究では、実験参加者に運動負荷が段階的に高まるエルゴメーターを疲労困憊するまで漕いでもらった時のFAAを測っています(5)。もちろん、身体の方はヘトヘトになっていますが、脳の働きをFAAで見てみると、左前頭部のアルファ波が増えて、ネガティブ感情になっており、感情的疲労が生じていることが分かりました。
    心拍数や心拍変動を用いた感情的疲労の評価に関する多くの研究で、感情的なストレスを感じ、ネガティブな感情状態になると、心拍数の増加と心拍変動の減少として現れることが明らかになっています(6)。また、心拍モニターなどで心拍変動をリアルタイムでモニタリングして、その情報をフィードバックとして利用することで、自律神経系のバランスを改善し、ストレス管理やリラクゼーションを促進する心拍変動バイオフィードバックというテクニックがあります。心拍変動バイオフィードバックのトレーニングを行うことによって、感情の制御がしやすくなり、ネガティブな感情を減少させることができることが報告されています(7)。
    ※心拍変動バイオフィードバックに近いテクニックとして、「ニューロフィードバック:あなたの脳を最適化する技術」のコラムもご覧ください。
    このように脳波(FAA)や心拍変動により、感情的疲労を評価したり、さらにはコントロールできる可能性もありそうです。

まとめ

ストレスフルな現代社会で生じる疲労に対処していくためには、まず、日々の「あー、疲れた」という疲労の状態をしっかり評価する必要があります。このコラムで見てきたように、脳波や心拍のような客観的な指標によって、疲労の評価が精度高く行えるようになってきています。これらの計測をさらに負担なく行えるような非接触型のセンシング技術も発展してきており、近い将来、日常生活や職場での利用がさらに広がることでしょう。これらの技術により、わたしたちの生活の質が向上し、健康で生産的な社会が実現することが期待されます。

センタンでは、脳波や心拍、皮膚電気活動などの生体情報の計測・解析から、ヒトの状態や影響などを深く知るサポートを行っています。研究・開発支援(受託研究)生体データの利活用支援など様々な課題解決のサポート実績がございますので、興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽にお問合せください。

引用文献

  1. Skau, S., Sundberg, K., & Kuhn, H. G. (2021). A proposal for a unifying set of definitions of fatigue. Frontiers in Psychology, 12, 739764.
  2. Wascher, E., Rasch, B., Sänger, J., Hoffmann, S., Schneider, D., Rinkenauer, G., … & Gutberlet, I. (2014). Frontal theta activity reflects distinct aspects of mental fatigue. Biological psychology, 96, 57-65.
  3. Matuz, A., van der Linden, D., Kisander, Z., Hernádi, I., Kazmer, K., & Csatho, A. (2021). Enhanced cardiac vagal tone in mental fatigue: Analysis of heart rate variability in Time-on-Task, recovery, and reactivity. Plos one, 16(3), e0238670.
  4. Briesemeister, B. B., Tamm, S., Heine, A., & Jacobs, A. M. (2013). Approach the good, withdraw from the bad—a review on frontal alpha asymmetry measures in applied psychological research. Psychology, 4(03), 261.
  5. Chesbro, G. A., Owens, C., Reese, M., DE STEFANO, L. I. S. A., Kellawan, J. M., Larson, D. J., … & Larson, R. D. (2024). Changes in Brain Activity Immediately Post-Exercise Indicate a Role for Central Fatigue in the Volitional Termination of Exercise. International Journal of Exercise Science, 17(1), 220.
  6. Kim, H. G., Cheon, E. J., Bai, D. S., Lee, Y. H., & Koo, B. H. (2018). Stress and heart rate variability: a meta-analysis and review of the literature. Psychiatry investigation, 15(3), 235.
  7. Lehrer, P., Kaur, K., Sharma, A., Shah, K., Huseby, R., Bhavsar, J., & Zhang, Y. (2020). Heart rate variability biofeedback improves emotional and physical health and performance: A systematic review and meta analysis. Applied psychophysiology and biofeedback, 45, 109-129.
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