職場の心理学[1]:心理テストの正しい捉え方について

心理テストの正しい捉え方について

採用、異動、転職サポートなどビジネスに関わる様々な場面では、心理学の尺度やツールを用いて個人とより相性がいい仕事・職種に合わせて、より適切な人材をマッチングしようという動きがあります。Otalabの調査(1)によれば、日本、韓国、中国で流行っているMBTI(16パーソナリティ)診断は、Z世代の約6割が知っていると回答しました(2023)。そして、Wired Magazineの報道(2)により、アメリカでは雇用のために年間250万回のポリグラフ検査が行われており、20億ドルのビジネスになっているといいます。果たしてそのようなツールと方法を使って、会社は適切な人材を選べるのでしょうか?そして求職者は自分に向いている仕事を見つけ出せるのでしょうか?

心理テストでわかる従業員のメンタルヘルス

信頼性と妥当性が高いアンケートや計測方法を使えば、人の心理状態を知ることはそこまで難しくないです。使い方さえ間違えなければ、職場にいる人の自己効力感やストレスなどの心理的状態を把握できます。そして、アンケートやカウンセリングだけでなく、心拍変動性(HRV)などの生理指標を計測することも、さまざまな心理的状態や病気を発見・予防することに役立ちます。職場の従業員の心理的健康の状態を把握することで、従業員個人の健康だけでなく、職場の雰囲気、仕事の効率、サービスの質などの向上に繋がっていきます。

心理テストの正しい使い方

心理テストで一番大事な事は「何を知りたいか」「何を予測したいか」です。
例えば、「特性的自己効力感尺度」(3)は、自己効力感を一種の人格的な特性と捉えて、特定の場面や具体的な課題に限らず、また回答者の年齢と性別なども関係しない、一般的な自己効力感を測るものです。自己効力感が高い人は、一般的には職務を成し遂げる自信が高いといえますが、専門性が高いもしくは特殊な場面が多い職場では、この尺度のテスト結果で判断することは不十分であることがあります。具体的には、「特性的自己効力感尺度」に「あなたの性格は失敗しても一生懸命にやろう!に当てはまりますか?」という質問項目がありますが、ここでは日常生活中「数回失敗しても諦めない」というニュアンスであり、研究者や発明家の「成功するまで何回挫折しても諦めない」までは問うていません。また、日常生活において何かに挑戦する場面で「自分ならできる」と思える人でも、人の命を背負う職種に就き、その職務を遂行する場面では緊張するあまりにストレスに耐えられなくなる人もいます。そのため、リスクやプレッシャーが高く、「一般的」な範疇を超える素質を求めている職務は、より専門的な尺度やテスト方法が必要です。

また、職務内容により「望ましい」特性が変わることもあります。
例えば、セルフ・モニタリング(※)の傾向が高い人は、顧客からより高い評価をもらえ、サービス業にとって望ましい特性といえます。但し、それは不特定な対象と一時的なやり取りをする場合の話で、長期的に特定の対象と付き合う場合の話ではありません。同じ楽器の演奏家でも、セルフ・モニタリングが高いパフォーマーは観客からより評価されましたが、音楽教室の教師としては、誠実性が高いとされる低セルフモニターの方が高く評価されました(4)。

さらに、人の心は複雑であり、望ましい特性が望ましくない結果をもたらすこともあります。
例えば、看護師です。自己の感情の状態を意識しながらも患者に対して適切な感情を喚起させて表現する「深層適応」が得意な看護師は、患者さんによりよい医療を提供できますが、自己の感情に反しても患者さんの期待に応える感情を示そうとする継続的努力が感情的不協和となり、心理的および身体的ストレス反応を高める可能性があります(5)。
他には、自分の良いところを他人に見せる傾向・願望が高い高セルフ・モニターは、同僚や顧客から良い評価を得ることが多い理想的な模範社員に見えますが、嘘をついてまで自分をよく見せたいと感じてしまう可能性もあり、いずれ職場に大きなダメージをもたらすリスクがあります。

(※)セルフ・モニタリング:他者からの評価や反応を考慮して自分の行動を調整すること
関連コラム:セルフ・モニタリング傾向が高い人は優れているのか

心理学の知見とツールを利用した良い職場の作り方

前述のように、心理学の知見とツールを利用することで、従業員の心理的特性をある程度把握し、従業員の心理的健康を大事にした上で、適材適所が実現できるのは良いことですが、本稿では下記のルールが重要だと考えています:

  1. 使いたいアンケートや生理指標は何を反映しているかを明確にする
  2. そのアンケートや生理指標と自分が知りたいこととの関係性を明確にする
  3. アンケートや生理指標の結果を盲信しない、現場の話をきちんと聞く

アンケートや生理指標で人の心を数値化して理解することはわかりやすいですが、一つの指標は全体像の一部しか反映できません。仮に正しく人の特性を把握し、現在の心の状態もわかっていたとしても、どうしてそうなったかの理由がわからない場合も多いです。
そして、「知る」ことは重要ですが、あくまで「改善する」前の一歩でしかありません。良い職場を見つける・作るため、職場の人と人のコミュニケーション、組織・集団の一員であるアイデンティティ、他のメンバーとの信頼関係も重要なことです。
次回のコラムでは、「職場の心理学[2]:内集団と信頼」についてお伝えしていきます。

引用文献

  1. Otalab, Z世代は「MBTI診断」を参考に人付き合いしている? 職場や学校、自己分析でも利用【otalab調べ】https://otalab.net/press_mbti/. 2023年10月23日
  2. Wired Magazine, The Lie Generator: Inside the Black Mirror World of Polygraph Job Screenings. https://www.wired.com/story/inside-polygraph-job-screening-black-mirror/ .2018年10月1日.
  3. 成田 健一, 下仲 順子, 中里 克治, 河合 千恵子, 佐藤 眞一, 長田 由紀子, 特性的自己効力感尺度の検討, 教育心理学研究, 1995, 43 巻, 3 号, p. 306-314
  4. 大嶋玲未 小口孝司 (2014). サービス提供者のセルフ・モニタリング,誠実性と評価指標の関連性 Rikkyo Psychological Research, Vol. 56, 23-32.
  5. 加賀田 聡子, 井上 彰臣, 窪田 和巳, 島津 明人, 病棟看護師における感情労働とワーク・エンゲイジメントおよびストレス反応との関連, 行動医学研究, 2015, 21 巻, 2 号, p. 83-90,
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