「推し活」の中の心理学

「推し活」の中の心理学

「推し活」とは、実在の人物(アイドルや選手など)、もしくは作品中のキャラクター(二次元のキャラクター)を応援する活動を指します。「推し活」に関するネット調査によると、5人中に1人~3人が「現在推し活をしている」と回答しています(1) (2)。「推し活」は、すでに多くの人々を巻き込む社会現象となり、一大ビジネスにも発展しています。本コラムでは、心理学や社会心理学の視点から、「推し活」の背景にある人間の心理や社会的な意味について探っていきます。

「推し」に対するファンの心理的所有感

近年の研究では、ファンが自分の「推し」(芸能人、選手やキャラクターなど)に対して抱く「心理的所有感」に注目が集まっています。「心理的所有感」とは、「所有の対象、またはその一部について『自分のものだ』と感じている認知的・感情的状態」を指します(3)。その所有感、主に二つの要素から構成されます。一つは推しを人生の理想として尊敬し、推しと同じように考えたり、行動したりすることに喜びを見出す「心理的一体感」、もう一つは推しを自分が育てなければならない、推しの人気を高めるために自分が努力しなければならない、そして自分にはそれができると考える「心理的責任感」です(4)。
下図は先行研究(4)により、「推し」に対する心理的所有感が、「同担」(自分が推している人物・キャラクターを推す他人)に対する意識を介して、「推し活」の継続性、そして幸福感に影響を与えていることを示しています。

挿入画像1
引用:井上 淳子, 上田 泰, アイドルに対するファンの心理的所有感とその影響について, マーケティングジャーナル, 2023-2024, 43 巻, 1 号, p. 18-28.
  1. 「推し」に対する心理的一体感と責任感は高く関連していますが、別々のルートで推し活の効果に影響をもたらしています。
  2. 「推し」に対する心理的一体感の強化は、直接に推し活の継続性を向上させられます。
  3. 「推し」に対する心理的一体感は、同担への仲間意識を高めることができ、その仲間意識の強化は、推し活の継続性と幸福感(Wellbeing, WB)を向上させることにつながります。
  4. 「推し」に対する心理的責任感は、推し活の効果に間接的な影響を与えます。この責任感が強くなるほど、同担に対する競争意識が強くなり、「推し活」の継続性にネガティブな影響をもたらす一方、幸福感を向上させられます。
  5. 「同担意識」を中心に見ると、同担への仲間意識と競争意識両方とも幸福感を高めることができますが、推し活の継続性に対しては相反する影響を及ぼしています。

「推し活」の影響

上述のように「推し活」は人、および人と社会のつながりに複雑な影響をもたらしています。ポジティブな面としては、幸福感を高めるほか、「推し活」に積極的に参加することが、ファン自身のストレス緩和や日常生活の中でのポジティブな感情を喚起させられます(5)。そして、日常生活にネガティブな思考や感情を抱いている人においても、「推し活」がその苦痛を緩和することが期待できると言われています(6)。
一方で、ファンが「推し」に対して過剰な心理的所有感を抱いてしまった場合、過激な行動を起こすリスクもあります。例えば、「推し」が不祥事を起こした場合、ファンにとって自分が所有し、自分が育成してきたアイドル像が、統制不可能な本人のプライベート面との間にコンフリクトが生じて、怒りなど不快な感情をもたらします(7)。また、「推し活」は金銭消費に応じて報酬を獲得するという強化の仕組みがプロモーターやマーケターによって組み込まれており、過度な金銭消費を招くというネガティブな側面も持っています(6)。

まとめ

上述のように、「推し活」をすることにより、消費者は自分の「推し」と関わる商品・サービスを獲得するだけでなく、心理的なメリットもたくさん受けられています。「推し活」をしている人の多くが、意欲や自己効力感、充実感を含む自己肯定感が高まったと回答しており、身体的・精神的、そして社会的な健康感も向上したと述べています(8)。さらに、「同担」という「同じものが好き、同じ目標を持つ集団の仲間」との交流をきっかけに、新たな社会的ネットワークを作ることで、孤独感の軽減にも寄与する可能性もあります(9)。(そのメカニズムについては、職場の心理学[2]:内集団と信頼のコラムをご覧ください。)
一方で、「推し活」にはネガティブな面もあります。例えば、個人レベルでは、「推し」に過剰な感情移入と金銭消費は、ストレスの原因になります。さらに、社会的にはファングループにおける「集団極性化」と「多元的無知」が発生し、「集団極性化と多元的無知」のコラムで紹介したように、集団の行動や決定が極端化、悪い風習が定着するなどのネガティブな影響をもたらして、他人との衝突の原因になります。
「推し活」という心理は、日本では「ごひいき」という言葉もあるように、昔から続いていて、人間に自然に備わっているものです。サービスを提供する企業には、こうした心理的・社会的な側面を踏まえ、より良い「推し活」環境を整えていただきたいと考えています。その結果、誰もが楽しく、そして長く「推し活」を続けられる社会になることを願っています。

センタンでは、脳波や心拍、皮膚電気活動などの生体情報の計測・解析から、ヒトの状態や影響などを深く知るサポートを行っています。研究・開発支援(受託研究)生体データの利活用支援など様々な課題解決のサポート実績がございますので、興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、どうぞお気軽にお問合せください。

引用文献

  1. 約5人に1人が「推し活」中/活動内容は公式SNSのチェックや映像鑑賞など【パナソニック調査】
    https://markezine.jp/article/detail/39042
  2. 「推し活」が幸福度を高める?!「応援」から「感謝」まで、多様な推しとの関係性を生み出す“オシノミクス”―HAKUHODO HUMANOMICS STUDIOがレポート第2弾
    https://www.hakuhodo.co.jp/news/info/108564/
  3. Pierce, J. L., Kostova, T., & Dirks, K. T. (2003). The state of psychological ownership: Integrating and extending a century of research. Review of General Psychology, 7(1), 84–107.
    https://doi.org/10.2307/259124
  4. 井上 淳子, 上田 泰, アイドルに対するファンの心理的所有感とその影響について, マーケティングジャーナル, 2023-2024, 43 巻, 1 号, p. 18-28.
    https://doi.org/10.7222/marketing.2023.034
  5. 宮田 雅之, 幸福度と「推し活」についての一考察, 敬心・研究ジャーナル, 2024, 8 巻, 1 号, p. 85-92, 公開日 2024/07/13, Online ISSN 2434-1223, Print ISSN 2432-6240,
    https://doi.org/10.24759/vetrdi.8.1_85
  6. 石川 奈々, 関谷 大輝, 「推し」という好意,「推す」という行為, 感情心理学研究, 2023, 31 巻, Supplement 号, p. PO1-05.
    https://doi.org/10.4092/jsre.31.Supplement_PO1-05
  7. 徳田 真帆. ジャニーズファンの思考. くにたち人類学研究 / くにたち人類学会 編. 5 2010,p.21~46.
    https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I10729364
  8. 原田祐理花, 小松優衣, 加納里梨, & 吉村耕一. (2023). 「推し」活動が人の健康に及ぼす影響. 山口県立大学学術情報:看護栄養学部紀要, 16, 1–6.
    https://ypir.lib.yamaguchi-u.ac.jp/yp/1772
  9. 谷口 友梨 & 神田 朋果,推し活の理想と現実の乖離が充実感・ 精神的健康に及ぼす影響,人間文化 : 滋賀県立大学人間文化学部研究報告,,滋賀県立大学人間文化学部,2025-03-24,58, 2-13,
    https://doi.org/10.24795/0002000716
● 引用・転載について
  • 当コンテンツの著作権は、株式会社センタンに帰属します。
  • 引用・転載の可否は内容によりますので、こちらまで、引用・転載範囲、用途・目的、掲載メディアをご連絡ください。追って担当者よりご連絡いたします。
● 免責事項
  • 当コンテンツは、正確な情報を提供するよう努めておりますが、掲載された情報の正確性・有用性・完全性その他に対して保証するものではありません。万一、コンテンツのご利用により何らかの損害が発生した場合であっても、当社およびその関連会社は一切の責任を負いかねます。
  • 当社は、予告なしに、コンテンツやURLの変更または削除することがあり、また、本サイトの運営を中断または中止することがあります。

Contact

お問い合わせ

センタンへのサービスに関するご相談はこちらよりお問い合わせください